昨日、私の父親と母親が2歳になる次男を連れてアピタ長岡店のゲームコーナーに連れて
いってくれました。まだ幼いので遊べるゲームも限られているのですが、中でもボーリングの
ゲームが好きなようで、昨日もそのゲーム機目当てに行ったそうです。
ところが、次男よりも年上の3歳くらいの男の子がそのゲームで遊んでいたのでそうです。
仕方がないので、近くにあったゲームの前で次男は待っていました。
するとボーリングゲームを終えた男の子が次男の近くに寄ってきて、次男を邪魔だというように
押したそうです。次男は倒れはしなかったのですが、よろけたそうです。
すると男の子のおばあちゃんが男の子を叱ったそうです。
ここまではよくあることですよね。
そして、ボーリングゲームを次男が始めようとしたときのことです。
その男の子がボーリングレーンの上に横になって邪魔を始めたそうです。
すると、男の子のおばあちゃんがまた男の子を叱ったのですが、まだ邪魔をしていたようです。
今度は男の子の母親が
「おばあちゃんに怒られるから止めなさい」
と叱ったそうです。
そして、男の子は私の父親の足を踏んづけたらしいんです。
母親の叱り方と足を踏んだという不躾さに私の父親が頭にきたらしく、
「この子、一人っ子でしょ。」と嫌味を言ったそうですが・・・。
結局は末っ子だったようです。
一人っ子だからこんな不躾なことをするという父親の論理もどうかと思いますが、
この母親の叱り方、完全にアウトだと思うんです。
子どもが意地悪をしてこういう振る舞いをしてしまうのは仕方がありません。
でも、こういう叱り方をしている以上、この子は反省をしません。成長もしません。
他人に迷惑がかかるからという理由を分からないままに育つことほど不幸なことはありません。
子どもを叱ったり、注意するのって大変だと思います。
私はすぐに癇癪をおこして怒鳴りつけるいわゆる昭和の、しかも戦前の雷オヤジですから、
子ども達にはかなり嫌がられていますし、育児本にある叱り方からすればアウトなのかもしれ
ません。
でも、そんなの関係ねぇ~by小島よしお、です。
私は、嘘をついたり弱いものいじめをしたりという卑怯なこと、わがままを言うこと、他人様に迷惑が
かかることは徹底的に叱ります。残念ながら手もすぐ出ます。
それは自分の子どもだけではありません。学習塾に勤務していた時から、相手が小学生だろうが
高校生だろうが関係ありません。
それでも必ずなぜ叱られているのかをしっかりと説明することを心がけています。
叱り方は本当に大変だと思いますが、子どもの将来のためになる叱り方を大人がしっかりと気を
付けなければならないことだと思いました。
夕方、長岡市北図書館を出た時、中越高校の建物の横にきれいな夕日が見えました。
最近、雨が多かったので、久しぶりにあのオレンジ色の大きな夕日を見ました。
するとカラスが「カァ,カァ」と鳴きました。
少し肌寒い風が吹き、キンモクセイの香りがしました。
まさに日本の秋です。
肌が冷えるくらいに冷たい夕風が吹き、キンモクセイの香り、稲刈り後の田んぼを焼いた匂いがする
と友達と田んぼで三角ベースをしたこと、せつない恋をしたこと、ビールから日本酒に変わったこと、
自分の成長とともに変化してきた秋の思い出が甦ります。
そして、今日も何か物悲しいような、昔の切ない恋心を思い起こすような気持ちになりましたが、
それは決してマイナスなものでなく、日本の秋を感じた喜びを感じるものでした。
そして、これが清少納言の枕草子に出てくる「秋は夕暮れ」であり、「あはれなり」なのだなと思いま
した。
1000年前の人間の感覚を理解できたのも自分が彼女と同じ日本人だからなのでしょう。
民族と言うといろいろと語弊はあるかも知れませんが、同じ風土に生きる民族の感覚は時空を超える
ということであり、この時空を超えた感覚を「情緒」と呼ぶべきなのでしょう。
ベストセラーにもなった藤原正彦さんの「国家の品格」にも日本人の情緒は自然や美への感受性
が強いとあり、世界に通用する普遍性のある大切なものであり、今の日本に必要なものだと書いて
います。
情緒が、我々日本人の生活や文化の原動力となっていることは間違いのないことで、この情緒を
育てていくことが大切だと思います。それは決して同じものを見て、同じ感覚を持てというのではなく、
自然や人の何気ない営みにふと耳目を傾けるということだと思います。
元航空自衛隊幕僚長田母神俊雄氏の講演会が、新潟市南区の小学校を使用して行うことの
是非を問うた投稿が新潟日報に2度ほど記載されました。
政治色の濃い講演会を学校という公共の場で行うこと、加えて、村山談話を否定したことで幕僚長
を更迭され、その後も核武装を唱えている人の講演会は非核宣言都市の新潟市には相応しくない
ということが投稿の論旨であり、新潟市に回答を求めていました。
これらの投稿を読んで思ったことは、彼らの言い分は政治色の濃い講演会を公共の場で行うことに
対する批判ではなく、田母神氏のような思想に対する批判であり、講演会を中止せよという要求に
しか思えませんでした。(講演会は昨日の2日に予定通り行われたと思います。)
長岡市のコミュニティセンターのようなところでは政治活動に関しては除外しているところが多いよう
ですが、基本的に公共の施設では、営利目的、宗教活動、政治活動については控えてるようにと
いう条件がついていることが多いようです。
しかし、田母神氏の講演会に政治勧誘、扇動という積極的な政治活動の意図はありません。
あくまでも講演会は、田母神氏自身の考えを述べているだけのものであり、もし、それを排除するの
であれば、言論の自由や集会の自由の侵害に他なりません。
また、核廃絶、朝鮮学校の支援を訴える左翼系市民団体は新潟市の公共施設で何度も集会を
開いています。
左の集会も右の講演会も許可している新潟市の方がまともだと思います。
他に、田母神氏の存在自体も否定している投稿に腹が立ちます。村山談話に異論を唱えて更迭
された人間と犯罪者扱いです。そもそも犯罪者であっても言論の自由は保障されていますけど…。
村山談話や文民統制については、またの機会に述べるとして、あまりにも過剰なまでの拒否反応を
示した内容でした。
近頃の日本は非核四原則だと言われています。
「核兵器をもたず、つくらず、もちこませず」(「もちこませず」とはアメリカの核兵器を日本に配備しな
いということであり、核搭載艦船の入港とは関係ありませんが、日本人は勘違いしています。)に加え
て「核武装を議論せず」が4つ目に入るそうです。中には「そんなことを思ってもいけない」を加えて
非核五原則だという人もいますが…。
民主主義とは、国民が主体となって議論をし、多数決という手段で政治的決断を行う政治手法です
が、この議論というものが欠落しては民主主義とは言えないのではないでしょうか。
イギリスのチャーチルが「民主主義は最悪の政体である」と民主主義は完璧でないが、これに代わるものがないから活用しているだけだと指摘しているように、民主主義が完璧というわけではないですが、自分の主義主張と異なるものを排除し、議論さえも許さないのは社会主義、共産主義であり、我が国の風土とは合わないものだと思います。
本当に分かりあうためにこそ、議論が必要だと思いますし、それが世の中のためになると思います。
飲み屋でおっさんたちが議論して、喧嘩して、うるさいようだけど、それが民主主義の基本じゃない
ですかね。
・・・とおっさんは思うのでした。
10月1日、本日より田中のコラムを開始させて頂きます。
決まったテーマも無く、まさに徒然なるままに日常の出来事から政治経済、文化まで書かせて
頂きます。なにぶん、口が悪くて思慮が浅い人間なので、いろいろとご迷惑をお掛けすることも
ございますがよろしくお願い申し上げます。
・・・とごあいさつはここまでにして、ちょっと聞いてくださいよ的ことがありました。
昨日、長男を連れて某調薬局へ。
3,4人は座れる長いすに長男と私は座りました。
他のお客さんもいなかったのですが、イスの端に2人で座っていました。
そこに長男と同じくらいの子どとその母親がやってきて、受付をしていました。
受付の薬剤師さんがお店で使える小さな割引券を母親に渡した時です。
母親は一言、無愛想に言いました。
「いらない」
な、なんだ~こいつ~と思ったのですが、聞こえない振りをして長男の相手をしていました。
そして、母親は子どもの手を引き、私たちの目の前に立ち、その子どもに言いました。
「ねぇ、あんた、座りたい?座りたいの?」
「座りたくないの?座るの?」
イスには母子2人が座れるだけの十分なスペースはありませんでしたが、小さな子ども一人くらい
なら座れるスペースはあります。
これはあてつけかと思ったのですが、母子が座れるように、私は長男をイスのさらに端っこに座らせ、私も少しずれ、「どうぞ」と笑顔でその子どもに言いました。
子どもは少しニコッとして私のとなりに座ったのですが、母親は座ろうとはしません。
しかも礼も言わずに携帯をいじり始めました。
おい、このアマ、なめてんのか、礼ぐらい言えや!それが人としての礼儀だろ!不細工な顔して!
馬鹿の一つ覚えみてぇに携帯いじってんじゃねぇ、ば~か。
しかもこのガキも礼もいわねぇで、イスに寝転びやがって、頭悪ぃな。
ね、口が悪いでしょ。
でも、小心者、いや彼女よりも分別のある私ですから、そんねお下品なことは言いませんでした。
やっぱり、挨拶や礼儀、礼節をわきまえることの大切さ、人は生きているんじゃない、生かされて
いるんだということをいい大人が分からない、出来ないって恥ずかしいと思いませんか。
日本には「お里が知れる」という言葉があります。
自分だけが恥をかくのではなく、その人の関係者、環境も恥をかくということです。
相手を気遣う「江戸しぐさ」というのもありますね。
人口の多かった江戸でみんなが気持ちよく暮らすためにの知恵です。
本当の都会人ってこういうことが出来る人だと思います
自分さえ良ければ良いというのは田舎者なんですね。
だから自分だけが良ければいいという田舎の論理はそろそろやめにしませんか。
やはり大人の教育再生も必要なのでしょう。
えっ?その前に口直せって?そうですよね~。
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