「冷やしキュウリ」といえば涼を感じさせる夏の風物詩のひとつだ。だが、衛生管理を誤れば食中毒のリスクがあることをご存じだろうか。「細菌が増殖しやすい条件が揃っている」と専門家はいう。気を付けるべきポイントとは?
みずみずしい夏野菜の代表格、キュウリ。サラダに漬物にと大活躍する野菜のひとつだ。だが、大規模な食中毒が過去に複数発生している。
■510人が食中毒、114人が入院
2014年7月、静岡市の花火大会での集団食中毒事件では、露店の冷やしキュウリを食べた510人が腸管出血性大腸菌O157(以下、O157)による食中毒を発症し、うち114人は入院する事態になった。
16年には千葉県と東京都の老人福祉施設で提供された「キュウリの和え物」でO157を原因とする食中毒が起こり、発症者のうち10人が死亡した。
15年にはキュウリを原因とするサルモネラの食中毒が全米に広がり、数人の死亡者を出した。24年6月にも、キュウリがサルモネラに汚染されている可能性があるとし、アメリカの14州で大規模な回収が進んでいるという。
確かに夏場は湿度も気温も上がり、冬に比べれば細菌は繁殖しやすいだろう。だが、キュウリといえば、水分が90%以上を占め、最もカロリーが低いとギネス世界記録に認定された野菜でもある。なぜ、食中毒が起こりやすいのか。
■生野菜と家畜の腸内環境の関係
東京農業大学食品安全研究センターの五十君靜信センター長は、キュウリなどの生野菜で食中毒が起こる要因のひとつに、「家畜の腸内環境」を指摘する。野菜と家畜の腸内環境とは、一体どういうことなのだろう。
「O157やサルモネラは、牛など家畜の腸管内に生息することが多い。家畜の糞便がさまざまな経路で食品や水を汚染し、人に感染すると言われています。と畜場で牛の腸管のO157の保有率を調べた研究によると、6月の後半から10月頃までには約25%の牛からO157が検出されたと報告されています」(五十君氏、以下同)
O157が牛の腸内から検出される割合が変化する理由はわかっていないが、寒い時期には下がるのだという。
「農作物は牛などの家畜に近い場所で生産していることが多く、汚染を受けやすい状況にあると言えます。生野菜には殺菌・加熱の工程がありません。よく洗っても、野菜の表面には細かい毛が生えていることもあり、細菌を完全に洗い流すことはなかなか難しいのです」
■調味液が菌のエサに
一方で、過去の事例で問題になっているのが、製造工程における管理の甘さだ。
露店での販売に制限をかけた自治体もある。たとえば、長野県では許可施設以外で作られた「キュウリの浅漬け」は販売禁止だが、味付けをしていない「冷やしキュウリ」は販売できる。
浅漬けに制限があるのは、浅漬けは調味液が栄養となることに加え、漬け込む時間が長いため温度管理が甘くなりがちで菌が増えやすくリスクが高いからだ。
■100本中1本でも汚染広がる
浅漬けは、生野菜に塩やうまみ成分などの調味料を加え、数時間から数日漬け込んで作る。このとき、「ひとつの容器で」「長時間」「大量に保管すること」がリスクにつながるという。
「伝統的な漬物の場合、食塩の濃度を高くし、乳酸菌が十分に発酵するまでpHを低下させて管理することで、雑菌の繁殖を抑え、食品の保存性を高めることができます。ところが、浅漬けの場合は漬け込む時間が伝統的な漬物に比べ短いため、こうした働きが機能しにくいのです」
また、添加したうまみ成分のアミノ酸がえさとなり、食塩濃度も低いため温度管理が甘ければ、細菌が大増殖してしまう恐れもある。
たとえば、O157は少ない菌数でも食中毒を発症する傾向がある。
「もし100本のうち1本でも汚染されたキュウリが紛れ込んでいれば、漬け込むことで全体が汚染されてしまうのです」
店での販売となると、一度に大量に作る必要があり、汚染が広がりやすい環境が整ってしまうのだ。温度管理が甘く、うまみ成分などで味付けされていれば目もあてられない。
冷やしキュウリ販売は手軽に見えるかもしれないが、精度の高い衛生管理が求められることになる。
■猛暑で増殖スピードがアップ
近年の猛暑も温度管理の難易度を上げている。20~25℃前後で管理した場合と比べると、30℃で約2倍、35℃では約4倍のスピードで細菌が増殖することがわかっている(上の図参照 )。
「食中毒菌の中にはO157など増殖しても臭いを出さないものが多いため見た目では判断しづらく、食べてから1~2日後に症状が出ることになります。また、免疫力が低い子どもや高齢者はより重症化しやすいのです」
ただし、キュウリを1本ずつよく洗浄し、短時間冷蔵庫で保管した場合はさほどリスクは上がらないというから、味付けをしていない「冷やしキュウリ」や家庭でキュウリの浅漬けを作る場合は過度に心配することはない。
■露店で注意すべきこととは
「食の安全」の確保のため、21年6月から、原則全ての食品等事業者に国際的な食品衛生管理手法であるHACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が義務化された。
これに伴い、各自治体の保健所は、屋台・露店の事業者に対しても原材料の入荷から最終製品の出荷までの製造工程におけるリスク管理を呼びかけている。
以前より衛生管理は徹底されるようになったとはいえ、現実には「管理者の危機意識が食中毒の発生を大きく左右する」と五十君氏は指摘する。
消費者側ができることは、購入の際に「ずっと低温で管理されていましたか?」と声かけを行うことだという。
「ひとつの判断基準にしかなりませんが、お店の人が『ずっとキンキンに冷やしてましたよ』と即答してくれるかどうかなど、反応を見てみましょう」
夏祭りが残念な思い出にならないよう、お店の人とコミュニケーションを取るつもりで気軽に聞いてみよう。
(ライター 酒井理恵)