論説委員・坂口至徳
強い睡魔に襲われていても興味深い新聞記事やテレビ番組を目にするとたちまち目覚めてしまう。このとき脳がどのような仕組みで働いているのかがわかってきた。
脳内に「やる気」や「行動」を起こす部位があることは知られていたが、睡眠を促す中枢が同じ場所で隣接していて、一方が活発になれば、もう一方は抑制されるとみられる。新たな睡眠中枢の発見である。このような睡眠と目覚めを調節する仕組みの謎が解ければ、ストレス社会で一向に解消されない不眠など睡眠障害の根本的な治療にもつながる。
この成果について、睡眠物質の研究で知られる大阪バイオサイエンス研究所の裏出良博部長らが、昨年12月に米科学誌「トレンズ・イン・ニューロサイエンス」に発表したところ、大きな反響を呼んでいる。
この研究はマウスの睡眠中枢を探すことから始まった。睡眠は、アデノシンという物質が特定の受容体に結合することで促される。睡眠中枢にはこの受容体が集中する。ところがコーヒーなどに含まれ覚醒の作用があるカフェインはアデノシンと分子の構造が似ており、この受容体を先にふさぐため、眠気がそがれる。
このようなカフェインの作用をもとに、分子生物学の手法で調べたところ、新たな睡眠中枢は脳の奥深くの「側坐核(そくざかく)」といわれる場所にあることを発見した。なんとそこはやる気や快感に重要な役割を果たす部分と同じだった。
裏出部長は「睡眠物質についてはかなり解明されており、今後、科学的な知見を統合して睡眠に関わる脳の働きの全体像を探る段階に入っていくでしょう」と話す。
新たな視点では、宇宙環境での睡眠についての研究もある。宇宙航空研究開発機構(JAXA)が国際宇宙ステーション(ISS)に滞在する宇宙飛行士の健康状態を調べた。
90分で地球を1周するISSでは45分ごとに昼夜が入れ替わる。このため、照明により地球と同周期の睡眠時間がとれるようにしているが、太陽の明るい光を浴びられなかったり、微小重力のため寝る姿勢が異なったり、睡眠の質に影響が出る可能性はある。宇宙空間では、わずかなミスでも大惨事につながるだけに、万全の睡眠管理が必要だ。
睡眠時の脳波測定などのデータでは、運動や睡眠時間など生活スケジュールが規則正しく管理されていることから、睡眠の構造や生体リズムに大きな変化はなかった。ただ、かつてのスペースシャトルの場合は、約2週間の飛行中に睡眠時間帯が、早寝早起きの方向に4~5時間ずれるスケジュールなので約2割の搭乗員が睡眠導入剤を服用していた。
また、ISSではグリニッジ標準時を採用しているため、日本とは9時間の時差があり、地上から交信する管制官は夜勤の状態になる。このため、工場の勤務のように3交代制をとっているが、宇宙の活動を熟知する担当者は少なく、柔軟な勤務体制が取りにくい。そこで、地上の職員についても睡眠の実態調査を行う。
JAXAでは、こうした宇宙医学の成果をまとめた冊子を発行しており「国民の健康増進、夜勤勤務、海外渡航時の時差ぼけ対策などに活用してもらいたい」という。
睡眠の新たな知見が集積している。健康維持に不可欠な眠りをもう一度原点から見直す時期にきたようだ。
http://sankei.jp.msn.com/science/news/130223/scn13022303150000-n1.htm