侮辱罪が厳罰化されたが、ネット上での誹謗中傷が後を絶たない。なぜなのか。私たちに求められることは何か。AERA 2023年9月18日号より。
20年5月、プロレスラーの木村花さん(当時22)が、SNSでの容赦のない中傷に悩み、命を絶った。
この痛ましい事件を受け昨年7月、「侮辱罪」が厳罰化された。「拘留(30日未満)か科料(1万円未満)」から、「1年以下の懲役・禁錮か30万円以下の罰金」が加わった。公訴時効も1年から3年に延びた。さらに、昨年10月には「プロバイダー責任制限法」の改正法が施行され、誹謗中傷した投稿者の情報開示までの期間が1年ほどかかっていたのが、数週間から半年程度に短縮された。
それでも、ネットで相手を傷つける罵詈雑言は止まない。なぜなのか。
刑事法が専門の専修大学の岡田好史(よしふみ)教授は、「侮辱罪の厳罰化がなされたことが多くの人の間で薄らいでいることが問題」と指摘する。
「法律ができると一時的に事件は沈静化します。昨年、侮辱罪が厳罰化された前後は、メディアでの情報を通じ、人を誹謗中傷すれば厳罰を受ける可能性もあるということが広がり、一定の抑止効果を果たしました」
本来であれば、時間をかけて教育や啓発を進め、誹謗中傷についての規範意識を高めていく必要があった。だが、じきにマスコミでの厳罰化の報道もなくなった。刑罰がどういうものか市民に伝わらなければ予防効果は薄れる。こうして、誹謗中傷に対する人々の規範意識が高まる前に、元の状態に戻ったのではないかという。
「刑法は、犯罪に対して事後的に罰を与えるものです。インターネットを使う以上、誹謗中傷の被害をなくすことはできないと思います。だとすると、誹謗中傷は起きるという前提で、対策を取る必要があります」(岡田教授)
残念ながら、現時点で誹謗中傷に対する特効薬はない。しかし、対処は待ったなしの課題だ。
ネット上で中傷被害に遭った際の対策として注目されているのが、一般社団法人セーファーインターネット協会(SIA)の「誹謗中傷ホットライン」だ。ネットで相談を受け付け、誹謗中傷に当たると判断した書き込み等は、本人に代わり、プロバイダーに投稿削除の依頼を無料で代行してくれる。SIAによれば、今年1月からの半年で1119件の連絡が寄せられた。そのうち「死ね」「生きている価値はない」といった誹謗中傷や、被害者になりすまして行われた誹謗中傷など418のURLの削除等の要請をプロバイダーに行い、262のURLの投稿が削除された。削除率は約63%だ。SIA事務局の吉井まちこさんは言う。
「削除されるケースがあるので、一人で悩まずに連絡してほしい」
■数百万円の損害賠償も「6秒ルール」で冷静に
また、総務省の「違法・有害情報相談センター」では、「削除したい」「身の危険を感じる」といった悩みの内容に従い、無料で専門的なアドバイスを受けられる。
インターネットは「諸刃の剣」だ。クリックしただけで、誰もが、「被害者」にも「加害者」にもなり得る。中傷する側にならないためには、どうすればいいのか。
専修大学の岡田教授は、「教育が大切」と説く。迷惑行為をした動画のSNSへの投稿や、投稿者を特定して非難するような最近のケースを見ていると、ソーシャルメディアがどのようなメディアなのか十分に認識していない人が多い印象を受けるという。
「飲み屋で他人の悪口を言っているのと同じ感覚なのだと思います。しかし、ソーシャルメディアに書き込むと、情報は一気に拡散します。それが相手を傷つけることに結びついていません。官民において総合的に対策を講じていくことが重要ですが、規範意識を高めていくためには、ソーシャルメディアに対するリテラシー向上や、それを実践できる教育が何よりも重要です」(岡田教授)
ネットメディア論が専門の国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、大切なのは「他者の尊重」と語る。
「つまり、自分がやられて嫌なことを他人にしないよう心掛けることが重要です。そのためには、投稿する前に文章を読み返し、自分が言われて嫌なことを書いていないか確認する癖をつけてほしい。また、投稿が侮辱罪や名誉毀損罪などに問われれば、数十~数百万円の損害賠償を請求されるなど、自分にも返ってきます。そのことも忘れないでほしい」
自分の感情を吐き出すツールとしてネットを使うのではなく、意見を発表する場として使うことが大切──。そう話すのは、ネット上の誹謗中傷に詳しい、慶應義塾大学大学院KMD研究所所員の花田経子(きょうこ)さんだ。
「しかも、その意見が、相手にどう伝わるか相手を傷つけていないか、表現に気をつけて投稿する。そして、自らのネット上での発言を時々読み返し、自分はどういう書き込みが多いのか確認し、客観視することも必要です」
その上で、花田さんも投稿する際はワンクッション置き、冷静さを取り戻してほしいという。
具体的には「6秒我慢する」。これは脳内興奮物質のアドレナリンが分泌されるピークが6秒以内であることから「6秒ルール」と呼ばれ、怒りを自分でコントロールするアンガーマネジメントの教えの一つだ。花田さんは言う。
「すぐ送信しない、すぐ拡散しない。6秒待って、その言葉が相手にどう届くか、よく考えてほしい」
2019年の池袋暴走事故の遺族で、ネット上で誹謗中傷を受けた松永拓也さん(37)は、交通事故と同じように、ネットの誹謗中傷で苦しみ、命を絶つ人をなくしたいとの思いから、誹謗中傷対策の必要性も訴えている。松永さんは言う。
「法律で誹謗中傷の罰則を強化し、SNSを運営するプラットフォーム企業は誹謗中傷の投稿を削除する仕組みなどを確立する。道徳教育やデジタル教育など教育も大切です。こうして、あらゆる側面から対策を取っていくことが重要です。国は、どんな言葉が誹謗中傷に該当するのかガイドラインをつくってもいいと思います」
炎上目的、正義感、自分の意見──。どのような理由であっても、言葉は相手を傷つけることがある。松永さんは、こう言った。
「何を信じて何を言うか、言葉や表現の自由は尊重されるべきです。けれど、自分とは違う意見の人に対し、強い言葉で罵倒するのは違います。画面の向こうには、心を持った人間がいることをよく考えてほしい」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2023年9月18日号より抜粋