周りの人には聞こえない音が聞こえる「幻聴」や、見えないものが見える「幻視」に苦しむ精神疾患「統合失調症」。周囲の理解が得られず、孤立してしまうケースが少なくない。だが、100人に1人ほどの割合で起こるとされ、まれな病気ではない。病気への理解を深めようと、「幻聴」「幻視」を疑似体験するセミナーが大阪市内で開かれ、参加してみた。(佐々木詩)
◆「うるさいですね」
「まず、ビデオを20分ほど見てもらいましょう」。2月初旬、「大阪市西区在宅サービスセンター」で行われた体験セミナー「幻聴・幻視って~疑似体験を通して理解を深めて!~」。冒頭、講師で障害者支援を行う相談支援専門員、福井史朗さんが参加者に声を掛けた。ビデオにはもう1人の講師で精神保健福祉士の藤井健さんが登場。統合失調症のほか、鬱病や中毒性精神障害などの精神症状について解説する。
画面では、藤井さんのそばに聖徳太子やリンカーンの画像が現れたり、「しっかりやれ」「おなか出てきた」と無関係のテロップが現れたりする。藤井さんの話をメモしようとしても煩わしく、集中できない。
ビデオ終了後、藤井さんと福井さんによるディスカッションが始まった。ところが、うめきながら「助けて」という女性の声が聞こえてくる。冷静に話を進める2人が「うるさいですね」と眉をひそめるが、この頃には参加者は「これが幻聴の体験」と理解し、落ち着いて受け止めていた。
しかし、最後まで不快なことがあった。セミナーの間中、隣の部屋から男性同士の話し声が聞こえ、うるさい。何かを食べておいしかった、というような些細(ささい)な会話をしながら笑っている。他の人も気にしている様子だったため、スタッフに注意してもらおうとも思ったが、いつしか聞こえなくなった。
セミナーの最後、センターの職員が「これも幻聴体験なんです」。部屋の後方に隠されたスピーカーから流された音だった。
◆受け止め、向き合う
統合失調症の人は日常生活の中で、こうした「騒音」にさらされている。藤井さんによると、時には「殺してやる」といった自分を攻撃する内容だという。「統合失調症の患者さんが時々、落ち着きなく見えるのは、絶えず続く幻聴や幻視のせいで集中力が保てないからです」
「壁に虫がたくさんいる」「後ろにあなたを殺そうとしている人がいる」など、一生懸命に周りの人に訴えても理解されない。かつて、その症状は「狐(きつね)憑(つ)き」などといわれ、患者は隔離されていた。現在も患者が孤立するケースや入院期間が極端に長期化している患者も多い。患者の家族も幻聴・幻視を繰り返す患者との接し方に悩む。
病気に対してだけではなく、周囲の理解が得られずに悩む当事者とその家族を多く見てきた福井さんは「幻聴や幻視について知識を持てば、患者に向き合ったとき、否定から入らず、受け止め、患者とのコミュニケーションができる。周りの人の理解が回復を助け、再発率も低めることができる」。母親が統合失調症という大阪市淀川区の女性(32)は「母はいつもこういう感じだったのかな、と理解できました」と話していた。
セミナーを主催する大阪市西区社会福祉協議会は、今後も同様のセミナーを行う予定という。
【用語解説】統合失調症
幻視や妄想という症状が特徴的な精神疾患で、100人に1人弱がかかるとされる。発症原因は不明だが、進学や就職、結婚などの人生の変化が契機となることが多い。発症すると、人々と交流しながら家庭や社会生活を営む機能が損なわれ、「感覚・思考・行動が病気のためにゆがんでいる」ということを自覚することが難しくなりやすい特徴を併せ持つ。新薬の開発と心理社会的ケアの進歩で、初発患者のほぼ半数は完全、かつ長期的な回復が期待できる。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140323-00000532-san-hlth