殺人などの重大事件を起こしながらも心神喪失や心神耗弱と診断され、不起訴処分や無罪になった「触法精神障害者」の社会復帰を目指す国指定の専用病棟の増床や新設が昨年、近畿で相次いだ。人口や事件数に比べて少ない実態を受けたもので、2施設38床しかなかったのが3施設89床に増強された。心神喪失者等医療観察法に基づき、治療とともに自省を促す対応が求められる難しい施設だが、新病棟では「座禅」を通じて自省を深めるプログラムも計画されるなど試行錯誤が続いている。
■3メートルの二重フェンスも…内部は開放感
近畿では昨年、3月に大阪府立精神医療センター(同府枚方市)で新病棟が増床され、11月には滋賀県立精神医療センター(同県草津市)が新設された。平成22年8月開棟の国立病院機構やまと精神医療センター(奈良県大和郡山市)を含め、3施設が稼働中だ。
このうち、府立精神医療センターは新病棟を建設して5床から33床に増床した。新病棟は逃走防止のため周囲は高さ3メートルの二重フェンスに覆われ、玄関には警備員が常駐。個室の窓も10センチしか開くことはない。物々しいたたずまいだが、内部の印象は異なる。対象者はトイレがついた10平方メートル程度の個室で居住。廊下は吹き抜けで天窓が設けられ、開放感が漂う。
治療は、医師や看護師、精神保健福祉士などの5職種約60人が担当。医学的な治療も行うが、最も重要視しているプログラムは「内省」だ。
■北海道や四国には施設なく
スタッフとの対話を通じ、犯罪に至るプロセスを振り返って問題点を整理したり、被害者の心情も学んだりする。わが身を振り返ってもらおうと、座禅のできる和室も設けた。
新たな治療の成果も期待されるが、センターの奥山修副看護部長(51)は「病状の改善だけでなく、患者が罪を反省し、治療を受け入れたときが退院の目安。ただ、そのタイミングに明確なものはない」と打ち明ける。
厚生労働省によると、こうした専用病棟は27都府県に791床あり、昨年の入院者数は700人前後で推移。退院者がいるものの新規入院は月平均20~30人といい、早晩、破綻する可能性も指摘されている。
また、北海道や四国には施設がないなど地域偏在の問題もあり、同省は、各都道府県に最低1カ所は設置する方針で整備を進めている。
■「再犯しない、根拠はどこに」
法務省によると、医療観察法が施行された平成17年7月から24年5月の間、同法に基づき1597人が入院し、759人が退院許可を受けた。このうち、殺人などの重大犯罪に再び手を染めたのは5人で、重大犯罪に限った“再犯率”は0・7%にとどまり、同省は「制度は順調に推移している」としている。
ただ、事件の被害者側は複雑だ。昨年5月、大阪市生野区で起きた通り魔事件では、通行人の男女2人を相次いで刺したとして韓国籍の男(32)が殺人未遂容疑で逮捕された。大阪地検は11月、精神鑑定の結果、心神喪失を理由に男を不起訴処分とし、大阪地裁も同法に基づいた鑑定入院命令を出した。
事件で重傷を負った清掃員の女性(63)の義姉(70)によると、女性は昨秋に退院したが、事件が起きた商店街を通ることができず、精神的な傷は癒えていないという。
義姉は「時間がたてば彼はまた社会に出てくる。(再犯者は)統計的にはごくわずかなのかもしれないが、彼が出てきたとき、再び犯罪をしないという根拠はどこにあるのだろうか」と疑問を投げかけた。
【心神喪失者等医療観察法】 平成13年の大阪教育大付属池田小の児童殺傷事件をきっかけに17年7月に施行。裁判所が医師の鑑定をもとに指定医療機関への入院を命じることができ、入院期間は標準で1年半。退院後は通院治療を受けながら社会復帰を目指す。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/medical/snk20140129529.html










