妊婦から採取した血液で、ダウン症などの胎児の染色体異常が分かる新しい「出生前診断」をめぐり、産科医療の現場が揺れている。出産年齢の高齢化に伴い、臨床研究として診断を導入予定の施設には妊婦からの問い合わせが殺到。一方で「命の選別」という生命倫理に直結する問題に、日本産科婦人科学会(日産婦)の指針作りは難航している。
確率99%?
「8月末に母体血を使った出生前診断が報じられた直後は、1日100件以上の問い合わせがあった。多くは『診断を受けたい』というもの。日本での実施が延期されたため、海外で診断を受けた妊婦もいると聞いた」。こう語るのは臨床研究を予定する昭和大学医学部の関沢明彦准教授だ。
母体にいる胎児の異常を調べる「出生前診断」。超音波検診や、妊婦の血液を調べる「母体血清マーカー」などもその一つ。胎児に異常が現れる確率が高い高齢出産では、妊婦の腹部に針を刺し、羊水に含まれる細胞を調べる羊水検査が、精度の高い出生前診断として行われている。だが、羊水検査には流産の危険があり、胎児がある程度育ってからでないと結果が出ないなどの問題がある。
これに対して、新型の出生前診断は、妊婦から採血するだけなので、流産のリスクはない。99%以上の確率で正しく診断できるとの見方もあるが、妊婦の年齢により的中率は変わるため、臨床研究では異常があるかどうかの確定は、羊水検査で行うとしている。
昭和大や国立成育医療研究センターなど6施設の倫理委員会で臨床研究が承認されたが、「安易な実施は慎むべき」という立場の日産婦が指針を出すまで、実施は延期されている。
「線引きできるか」
ただ、その指針作りは難航している。理由の一つが、新たな診断が命の選別につながるのではないかという懸念だ。日本では、胎児に異常があることを理由とした人工妊娠中絶は認められていない。だが、実際には「母体の健康を害する」などの理由で中絶を選ぶケースは多い。都内のある産科医は「羊水検査で胎児にダウン症などの異常が見つかった場合、9割が中絶を選ぶ」と明かす。
ダウン症の家族や支援者でつくる日本ダウン症協会は、ダウン症の子供を「不幸」と規定することに抗議し、診断が安易に行われることに反対する。玉井邦夫理事長は「出生前診断の技術は今後も進み、ほかの疾患も分かるようになるだろう。どんな遺伝子であれば生まれてきていいのか。線引きができるのか」と疑問を呈する。
診断で異常が判明したとき、必要となるのはカウンセリングだ。国立成育医療研究センターの左合治彦周産期センター長は「臨床研究結果を適切な遺伝カウンセリングの整備に生かしたい」と語る。しかし、別の医師は「多くの妊婦が診断を受けるようになったら、カウンセリングが間に合わない」と指摘する。
ほぼすべての妊婦が出生前診断を受ける国もある中、日本では羊水検査を受ける妊婦は約1%。だが、高齢出産の増加と検査の安全性から、新型出生前診断は今後、急速に広がる可能性がある。日産婦が指針を出したとしても、法的拘束力はない。不適切な検査やカウンセリングを行う医療機関や、海外で検査を受ける妊婦が増える恐れもある。
都内の産科医は「新型出生前診断は、産科医療だけの話ではない。障害のある命をどう考えるのか。妊婦の心をどうケアするのか。国や国民を巻き込んだ議論が必要だ」と話している。
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