原子力規制委員会が公表した全国16原発の事故時の放射性物質拡散予測地図に、専門家や地元自治体から批判が相次いでいる。度重なる訂正で信頼を失ったばかりでなく、複雑な試算方法が影響を小さく見せているというのだ。公表されたのは膨大なデータのごく一部で「もっと公開を」との声も出ている。
◇「風吹く回数により試算値無視」「最高値避け平均で計算」
地図は、国の原子力災害対策指針に基づき原発周辺自治体(21道府県135市町村)が策定する地域防災計画の「参考情報」として公表された。福島第1を除く16原発について(1)福島第1の1~3号機と同量の放射性物質を放出(2)全原子炉内の放射性物質を福島第1と同じ割合で放出――の2通りを想定。昨年の気象データを用い、国際原子力機関が定める緊急避難の判断基準(事故後1週間の累積線量が100ミリシーベルト)に達しうる地点(以下「100ミリシーベルト地点」)を16方位のそれぞれで、(1)(2)2種類の地図上に示した。
注目されたのは、事前に避難を準備する範囲を、従来の原発8~10キロ圏から30キロ圏(緊急防護措置区域=UPZ)に拡大した新指針との整合性だ。結果的には0・2~10・2キロオーバーした4原発を除く12原発の被ばく地点はUPZ内。規制委は「地形を考慮していないなど信頼性に限界はあるが、安全を見込んだ予測。防災計画作りの目安にしてほしい」としている。
ところが――。「放射性物質の影響は(予測地図より)もっと遠くに及ぶ恐れがあります」。そう指摘するのは滋賀県琵琶湖環境科学研究センター環境監視部門長の山中直さん。滋賀県が美浜など4原発の放射性物質拡散を予測した際、データをまとめた研究者だ。どういうことか。「規制委の試算方法だと、年間に風が吹く回数の少ない方向で100ミリシーベルト地点が原発に近く見えたり、地図から消えたりしているのです」
例えば、事故の影響が全国最大とされた新潟県の柏崎刈羽原発。最も遠い100ミリシーベルト地点は「東方向に40・2キロ(長岡市内)」だった。その決め方はこうだ――。
同原発で昨年、東向きの風が吹いたのは1年8760回(24時間×365日)のうち約960回(公表済みのグラフから推定)。その全回で0・2~99・9キロ間の20地点の累積線量を試算。その際、高い方から数えて1~261位の試算値は「極端な気象条件による」として無視した。各地点の262位の値を調べ、累積線量が100ミリシーベルトになる地点が40・2キロだった。
一方、100ミリシーベルト地点が原発から「8・7キロ(柏崎市内)」の北東方向の場合、風が吹いたのは年間約300回。従って1地点につき300通りの試算値が存在する。やはり上位261の数値を省き、262位が100ミリシーベルトとなる地点を選び出した。
ここにカラクリがある。総数960の262位は全体の中間より上だが、総数300の中の262位は下から約1割の低さだ。この方法を用いる限り、風の吹く回数が少なければ少ないほど高い試算値が無視される割合が大きくなる。261回以下だと全ての試算値が無視される。事実、年間180回しか風の吹かない大飯原発(福井県)の東南東方向は100ミリシーベルト地点が地図上にないのだ。
このデータ処理法は旧原子力安全委員会の指針に記されており、無視の対象は試算値の上位3%。今回は8760×0・03=約261とした(試算対象の方角に風が吹かない時刻は線量ゼロとみなすが、形式上の計算回数は1地点につき8760回のまま)。
「風の回数が少なければ放射性物質が遠くまで飛ばないというわけではない。少ない方向で防災計画が不要との印象を与えるのは問題です」。山中さんはそう語る。
試算値1~261位は非公表だが、1位を用いた場合の100ミリシーベルト地点の距離は、予測地図に付随する資料の中にごく小さく「すそ値」として記されている。しかも16方位中1方位のみだ。ちなみに柏崎刈羽原発の東方向は88・1キロ。地図に示された40・2キロ地点の2倍以上の距離だ。
16方位で261の試算値を除くと合計約4000、全体の半分弱を無視することになる。規制委の事務局・原子力規制庁は「いろいろな価値観があると思うが、今回は旧原子力安全委の指針に従った」と説明するが、大気の拡散予測などを手がける民間研究機関「環境総合研究所」(東京都品川区)顧問の青山貞一さんは「極端な値だけを除いたとは言えず、高濃度の試算値を意図的に切り捨てたとしか思えない」と批判する。
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他にも疑問がある。
一つの発生源から出た放射性物質は風に乗って扇形に広がるが、その濃度は扇の中心線上で高く、端では低くなるのが普通だ。ところが規制委は中心も端も同じとみなし、平均濃度で試算した。「中心の線量を高く計算するのは保守的(安全重視)過ぎる」との理由だが、「平均を使うことで、本来より低い値で試算している」と青山さん。規制庁自体、中心線の放射線量は「試算に使った平均値より3~4割高い」と認める。こちらで計算すれば100ミリシーベルト圏はさらに広がったはずだ。
「最悪の事故を想定してほしい」。新潟県の泉田裕彦知事は先月、規制委に予測のやり直しを求めた。今回の予測は福島第1の事故と同程度、原子炉内にある放射性セシウムの2%程度が放出されたとの想定だが、86年のチェルノブイリ原発事故では約30%が放出された。元原子炉格納容器設計技術者の後藤政志さんは「水蒸気爆発やベント(圧力低下操作)の失敗によって、福島第1では起きなかった格納容器の爆発が起きれば、想定よりはるかに大量の放射性物質が出る」と危惧する。
泉田知事のみならず「最悪の事態」への周辺自治体の関心は高い。規制委がネット上に公表したグラフを見ると、柏崎刈羽の東1キロで累積被ばく量は約7万ミリシーベルトと致死量に達する。4キロでも約1万ミリシーベルトだ。前述のように年間262位の値なのに、だ。5キロ圏内には柏崎市、刈羽村の計約1万6500人が住む。村の担当者は「これだけ高いと外部から(救援に)来られるのか疑問。村内で相談するが年間1位の値や、季節ごとのデータも知りたい」と訴える。
規制庁は「試算条件の影響で近距離は高い値が出た」と言うが、他の原発も1キロで約5000~3万ミリシーベルト。東海第2原発のある茨城県東海村は「距離別の線量公表は1原発で1方位だけ。全方位で知りたい。100ミリシーベルト以下の地点も知りたい」と規制委に要望中。拡散予測に詳しい大原利真・国立環境研究所地域環境研究センター長は「今回の予測法は簡易。専門家の支援を受け、より高度な方法で計算すべきではないか。地域住民に大きく影響するので、多くの情報を分かりやすい形で示すことが重要です」と話す。
規制委は予測の全データを公開すべきだ。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/medical/20121126dde012040013000c.html