妊婦の血液から高精度で胎児の染色体異常がわかる新型出生前診断について、日本産科婦人科学会(日産婦)は13日、東京都内で公開シンポジウムを開催。産婦人科医や小児科医、遺伝カウンセリングの専門家、障害のある人たちが、導入に伴う課題を議論した。参加者からは、採血だけで診断できる手軽なイメージの先行、結果次第で妊婦が人工妊娠中絶を選ぶ可能性から「命の選別」を懸念する声が上がった。
「妻が高齢妊娠している。早く開始してほしい」「慌ただしく進みすぎている。見切り発車ではないのか」「海外の企業に遺伝情報を渡すことは危険だ」――。約400人が集まったシンポジウムの会場では、賛否の声が交錯した。
新型出生前診断は妊婦の採血だけで、頻度が高い染色体異常について判別する。昨年10月に米国で開始されたのを皮切りに、海外の複数の遺伝子検査会社が参入、アジアや欧州でも広まる。
出生前診断に関心の高い国内の大学病院などの医師らは今夏、日本でこの検査が導入された際に、採血だけの手軽さから予期せぬ結果に思い悩む妊婦が増えることを懸念。一般の施設で導入される前に、この検査を受けた妊婦への遺伝カウンセリングのあり方を確立する必要があると、共同研究の枠組みを作った。現在、国立成育医療研究センターなど15施設が共同研究に参加している。当初は9月から、臨床研究の一環として一部施設が米シーケノム社の検査を実際に妊婦に行う計画をしていたが、日産婦の幹部らがストップをかけた。まず先に、日産婦が指針を提示し、共同研究の参加施設はその指針に従うように求めたのだ。
日産婦は10月、日本小児科学会や日本人類遺伝学会とともに指針作成のための検討委員会を設置。シンポの意見などを踏まえ、12月中旬の理事会までに指針案を作成する。
共同研究代表の左合(さごう)治彦氏(同センター)によると、現在6施設がすでに自施設の倫理委員会に承認され、日産婦の指針案を受けて年内にも検査が開始できるよう準備を整えている。ただ、施設名は公表されていない。左合氏は「研究結果を、国内での適切な遺伝カウンセリングの整備に生かしたい」と目的を説明した。研究対象の妊婦を「染色体異常の子どもの妊娠歴がある」「35歳以上」などに限定し、費用は自己負担で20万円程度、実施施設は「臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーが複数所属し、専門外来を設置」などの条件もつける。日産婦の新指針も同様の内容になるとみられる。ただ、学会指針には法的拘束力がなく、実効性には課題も多い。国内の産婦人科の臨床遺伝専門医は約200人、遺伝カウンセラーは約140人と少なく、条件を満たす施設は特に地方都市では限られる。
一方、共同研究に参加していない病院でも検査導入を模索する動きがある。名古屋市のベンチャー企業「胎児生命科学センター」(鈴森薫社長)は米検査会社「ナテラ社」と提携の準備中だ。鈴森社長は「一般病院が締め出されているのは問題。出生前診断に関して厳重な施設基準が必要か疑問」と話す。同社は15万円前後で契約病院の妊婦に提供し、臨床遺伝専門医でもある鈴森社長が必要に応じて電話で質問に答えることを計画している。このほか、米「ベリナータ・ヘルス社」や中国の「BGI」も日本への進出を検討している。
日産婦の検討委員会では「新型出生前診断に関し、すべての施設に共通する指針が必要ではないか」という委員の指摘もある。施設間の格差など環境が整わない中、急速に進む技術に対するルール作りは模索が続きそうだ。
◇手軽さに潜む危うさ
新型出生前診断は、母体の血液だけで検査ができる手軽さが、中絶という命を選ぶ行為につながる危うさをはらむ。
人工妊娠中絶について定めた母体保護法は、胎児の異常を理由にした中絶を認めていない。だが、実際は「母体の健康を害する恐れがある」という要件を拡大解釈し、中絶が行われている。
日本産婦人科医会と横浜市大が300の医療機関への調査を基にした推計では、胎児の異常を指摘され中絶に至ったケースは05~09年の5年間で約6000件に上り、85~89年に比べ6倍になった。出生前診断の技術の進歩で、中絶が可能な妊娠21週以前に疾患が見つかりやすくなったことや、高齢妊娠による染色体異常が増えていることが背景にあるとみられている。
また、英国の10年の調査では、ダウン症と確定診断を受けた妊婦のうち9割が中絶を選択していた。国内の複数の医師によると、日本でも割合はほぼ同じ程度という。
日本ダウン症協会の玉井邦夫理事長は13日のシンポジウムで「検査対象は将来、必ず他の疾患に広がる。完全な遺伝子を持つ人はいない中、どんな遺伝子を持つ人が生まれてきていいのか、どこに線引きをするのか」と問題提起した。東京女子医大の斎藤加代子教授(小児科)は「出生前診断は、親の考えと胎児の幸せが同じ方向を向いていないのが残念。妊婦は、授かった赤ちゃんを諦めるつらさで追い詰められる。病気と分かって生まれてきた子どもたちも、生き生きと生活していると伝えたい」と強調した。会場からは、障害や疾患のある人とともに生きる教育や、社会づくりの必要性を訴える意見も出た。
診断を巡っては、染色体異常の子を持つ親からも懸念の声が上がる。ダウン症の長男(33)が画家として活躍する群馬県高崎市の小柏桂子さん(64)は取材に「障害児たちは人間の素晴らしさに気づかせてくれる。おなかの中にいる時には、どんな人生が待っているのか分からない」と指摘。また染色体異常の女の子を出産した経験がある京都市の田中直美さん(45)は「産んだからこそ顔が見られたし、家族も抱くことができた。赤ちゃんの寿命を親が縮めることはできない」と訴える。
妊婦にも戸惑いが広がる。東京都練馬区の女性(31)は「もし異常があると分かったら、自信を持って産む選択ができるかどうか」と言い、同区の別の女性(32)は「検査結果によっては不安になるかもしれない。検査内容や結果の意味をきちんと説明してくれる態勢を整えてほしい」と不安を語る。
………………………………………………………………………………………………………
◇新型出生前診断に関する共同研究に参加している15施設
北海道大
宮城県立こども病院
国立成育医療研究センター(東京都)
昭和大(東京都)
東京大
お茶の水女子大(東京都)
慈恵医大(東京都)
横浜市立大(神奈川県)
北里大(神奈川県)
名古屋市立大(愛知県)
兵庫医科大
呉医療センター(広島県)
川崎医療福祉大(岡山県)
長崎大
鹿児島大
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20121114ddm003040108000c.html