大きな地震が起きる度に、山林でも山肌が崩落したり、後から土砂崩れが発生したりし
ています。
そんなニュースを見る度に思い出すことがあります。
私は大学生の頃、山林の地滑りの調査のアルバイトをしていたことがあるのです。
丁度、7月の梅雨末期の頃でした。
大学の教授からの斡旋で、秋田県の山の中に調査に入りました。林の中に予めボーリン
グで掘った調査坑があり、それらの変形度合い、位置関係の変化を測量する仕事でした
。
連日の雨の中、測定していると山林がゆっくりと移動しているのがわかり、背筋が寒く
なる思いがしました。
見た目は何の異常もない、のどかな普通の山林なのです。
秋田県に限らず、日本海側には造林されたスギの一斉林が多いのが普通です。しかし、
スギは根が地中深くまで張らず、しかもスギ林の土壌は常に湿潤な状態になります。
従って日本海側には地滑り地帯が多く、大雨はもちろんですが、地震に対しても極めて
脆弱な山林が多いのです。
私たちは毎日ずぶ濡れになりながら測量にあけくれました。
テレビもろくに映らない山奥の民宿での唯一の楽しみは食事とお酒。疲れた体を癒すた
めに毎晩酒盛にあけくれました。
玄関先に高く積み上げられた酒の空き箱を毎日麓の村の酒屋さんが新しい酒やビールと
引き替えに回収していました。
最終日、酒盛が終って布団に入ろうとした私は電気を消した瞬間に驚きのあまり酔いが
覚めてしまいました。
窓の外は素晴らしい星空だったのです。
民宿の二階の雑魚寝部屋は三方向が大きな窓でした。カーテンも障子もありませんでし
た。
雑魚寝部屋はまさにプラネタリュウム状態。しかも布団に横になってみるのですからた
まりません。いて座の天の川白く立ち上っていました。 こんな低空に見える天体は
ないかと星座をたどると、西に傾いたコップ彗星付近の星座が目にとまりました。
「まだ見えるかもしれない」
私は荷物の中から自作の小さな望遠鏡をとりだし、彗星付近に向けました。
彗星はあっけないほどすぐに見付かりました。しかも先週見た時よりも明らかに増光し
ているのです。
「アウトバーストかもしれない」
私は興奮のあまり、すっかり目が覚めてしまいました。
彗星は主に氷で出来た直径数キロの小さな天体だと考えられています。表面は不揮発性
の地核に覆われており、地核の割れ目や穴などから氷など揮発成分が蒸発し、地核の一
部をも放出して見えているわけです。
通常は太陽に最も接近した頃に明るさのピークを向かえることが多いのですが、時々予
想外の変化を示します。
私はそれを観測していたのです。
コップ彗星は太陽の回りを約6年半で公転するごく普通の短周期彗星です。
平凡な小さな彗星に今、何かが起きていることに私は興奮しました。
彗星の地核が何らかの原因で新たに亀裂を生じ、そこからガスやダストが勢いよく放出
されている姿を思い浮かべていました
「まるで地滑りか土砂崩れみたいだな」
昼間の調査を思い出しながら、苦笑いしていました。
翌朝、山から帰った私たちはは薄い給料袋を貰いました。
「一週間、働きづめでなんでこれしか貰えないんですか?」
私は仲間と教授に詰め寄りました。
「お前ら、毎晩本当によく飲んでくれたなぁ、山へ何しに行ったんだ?」