先日私どもは、厚生労働省の研究班によるネット依存の調査結果を発表し、新聞、テレビ、雑誌で「中高生のネット依存、推計52万人!」と大きく報じられました。
なかでも日本経済新聞の記事は、ネット依存の現状について端的にまとめられたものになっていました。
『ネット依存とされるのは、ネットの使いすぎで健康や暮らしに影響が出る状態。悪化すると食事を取らなくなり、栄養失調になることもある。ただ、現在は病気とは定まっていない。
調査は2011年10月~2012年3月、全国の中学校140校と高校124校の約14万人を対象に実施。約10万人から有効回答を得た。研究班によると、中高生のネット依存に関する全国規模の調査は初めて。
調査では「ネットに夢中になっていると感じるか」「使用をやめようとした時、落ち込みやイライラを感じるか」など8項目を質問。5項目以上に該当し、ネット依存が強く疑われる「病的な使用」と認定されたのは 8.1%に上った。研究班はこの結果から、ネット依存の中高生が 51万8000人と推計した。
(中略)
研究班は「ネットを使うことは若者の文化になっている。健康的な使い方ができるよう指導や教育をしていく必要がある」としている』(「日本経済新聞」2013年8月1日付)
この調査で私たちが使用したのは、キンバリー・ヤング博士が作った「診断質問票DQ(=Diagnostic Questionnaire)」です。このテストは、ギャンブル依存(医学用語では病賭博)の診断ガイドラインをベースにしたもので、8項目の質問を行い、このうち5つにあてはまる人を依存状態にあると判定しました。
あなたも8項目の質問に答えてみてください。調査では5項目以上に該当した状態を「病的な使用(ネット依存状態)」としましたが、3項目の該当でもネット依存への入口に近づいているのではないかと考えています。
1.インターネットに夢中になっていると感じているか?
2.満足を得るためにネットを使う時間を長くしていかねばならないと感じているか?
3.ネット使用を制限したり、時間を減らしたり完全にやめようとして失敗したことがたびたびあったか?
4.ネットの使用時間を短くしたり完全にやめようとして、落ち着かなかったリ不機嫌や落ち込み、イライラなどを感じるか?
5.使い始めに意図したよりも長い時間オンラインの状態でいるか?
6.ネットのために大切な人間関係、学校のことや部活動のことを台無しにしたり、危うくするようなことがあったか?
7.ネットへの熱中のしすぎを隠すために、家族、先生やそのほかの人たちに嘘をついたことがあるか?
8.問題から逃げるため、または絶望的な気持ち、罪悪感、不安、落ち込みといったいやな気持ちから逃げるために、ネットを使うか?
結果はいかがでしたか?
ひとつ加えておきたいのは、これらの問いはパソコンを使ってのネット接続をイメージさせるものとなっていることです。ここにケータイやスマホでの利用を含めていくと、調査結果はより多くの「病的な使用」の数字へと結びついたことでしょう。
今のところ、ネット依存と聞くと部屋にこもってゲームに夢中になるイメージが強いかもしれません。しかし、電車の中や職場で絶えず携帯機器を操作している人も予備軍と考えていいでしょう。
常に誰かとつながっていたい。メールをチェックしないと落ち着かないという状態が強くなりすぎることで、ネットとの関わりが度を越してしまう。インターネット依存に加え、ネットワーク依存とでも呼ぶべき状態もまた、ネット依存だといえます。
とはいえ、こうした状態にあっても当の本人は、「人より少しネットにつながっている時間が長いだけ」という認識であることも少なくありません。
成人した大人が何時間インターネットを使おうと自由です。規制する法律もありません。しかし、必要以上に長い時間ネットを使うことで、さまざまな不利益が生じてくることになるのも事実です。
極端なケースですが、一例を挙げるとこんな事件報道もありました。
『兵庫県警相生署地域課の巡査部長が職務質問した女性から金を脅し取ろうとした事件で、被告が県警の調べに対し「携帯電話のゲームにはまり、利用代金支払いのためにやった」などと供述していることがわかった。県警は被告を懲戒免職処分とし、上司の同署地域課長ら2人を所属長注意にした。
発表によると、被告は2月から、アイテムを購入して遊ぶ携帯電話のオンラインゲームにのめり込み、総額約50万円をつぎ込んでいた。被告は「ゲームが唯一の楽しみだった」と話しているという。
被告は6月10日、同県たつの市で女性に職務質問。7月に「(職務質問の場面を)撮らせて頂いた。買い取りませんか」などと脅迫文を送ったとして、恐喝未遂容疑で逮捕された』(「読売新聞」2013年8月9日付)
他にもネットのつながりを介した事件がいくつも発生しました。なかでも、ネットが作り出すコミュニケーションと、その関わりとの難しさを感じさせたのは、広島で起きた未成年者による殺人事件です。
LINEでの口論から集団暴行、殺人にまで発展してしまうことの恐ろしさはもちろんですが、さまざまな経験を積んで世界を広げなければならない子どもたちが、オンラインの世界に閉じこもってしまうことの問題の大きさを改めて痛感しました。
SNSの広がりを見るにつけ、ネットでは「人から認められたい」「人とつながりたい」という心理がよりダイレクトに働くように思います。オンラインゲームでもグループ参加の戦闘系などのタイトルでは、長く続けるほど上達するという側面があり、仲間からの称賛や達成感や高揚感を得たいがために、ずるずると身を任せ、抜け出せなくなる例が少なくありません。
また、LINE、チャットによる会話では、すぐ返信しないと仲間外れになると思い、画面から目を離せなくなってしまう人たちが数多くいます。
こうしたいくつもの問題に横たわっているのは、人との距離感の問題です。仕事や生活を大いに便利なものとしてくれたインターネットは、人と人、人と情報とをダイレクトにつなぎます。かつてはつながり合うことがなかった人々にまで、情報が行き交うことで、新たな光と影が生じているのです。
影の中でも最も不安を覚えるのは、未成年者の今後です。
おそらく今も、多くの人たちはネット依存を大した問題ではないと思っているのではないでしょうか。しかし、それはとんでもない話です。子どもたちのネット依存は、なまやさしい問題ではありません。私は長年、アルコールや薬物に依存する大人たちの治療に携わってきましたが、ここに来る子どもたちのネットへの依存度は、アルコールや薬物への依存と変わらない重大なものばかりです。
さまざまな経験を積んで大人になっていく成長の時期に、ネット依存が長期間になればなるほど、回復させるのは困難になります。今、国内には、ネット依存の診断基準もなければ、実際に相談を受けたり、診療をしたりする機関もほとんどありません。本書の中で紹介したオンラインゲーム依存の少年の母親は、どれだけ現実に引き戻そうとしてもネットの世界から戻らない我が子を前に、「親子で心中することも頭をよぎった」と話していました。子どもたちをネット依存にさせないよう、使い方についてのルール作りや教育をすることはもちろん、依存を早期に見つけ、相談や診療を行っていく体制作りを早急に進める必要があります。
ネット依存の問題は、まだまだ治療経験、臨床データの蓄積が足りません。今、まさにネットに溺れている子どもたち、大人たちが10年後、どんな影響を受けた生き方をしているのか、まったくわかりません。子ども時代のちょっとした気の迷い、一時的な熱狂であったと済まされる問題なのか。それとも人の成長に深刻な影響を及ぼすものなのか。研究はまだまだ始まったところです。
しかし、距離感を失ったネットへの熱狂の先に、深い暗闇があることは間違いないといえるでしょう。
(PHP新書『ネット依存症』より)
■ 樋口 進(ひぐち・すすむ)独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター院長
昭和54年東北大学医学部卒。米国立保健研究所留学、国立久里浜病院臨床研究部長、同病院副院長などを経て現在に至るWHO研究・研修協力センター長、WHO専門家諮問委員、厚生労働省厚生科学審議委員、同省依存検討会座長、国際アルコール医学生物学会次期理事長、日本アルコール関連問題学会理事長、国際嗜癖医学会理事・2014年大会長、アジア・太平洋アルコール・嗜癖学会理事・事務局長等を務める。アルコール教育によく使われるエタノールパッチテストの考案者でもある。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20131130-00010000-php_s-bus_all&p=1