「おなか、すいたよね」-。夕暮れ時、福岡市のマンション。仕事を終えて帰宅した西頭京子さん(60)は、息子の豊さん(25)が横たわっているベッドに駆け寄って声を掛けた。
豊さんは重症心身障害者。寝たきりで話すことはできない。京子さんが不在のときはヘルパーに頼っているが、それ以外は付きっきり。就寝時、豊さんは人工呼吸器を欠かせず、きちんと口を覆っているのか、同じ部屋で寝ている京子さんは気になって眠りは浅い。「血中の酸素濃度が下がって救急車を呼んだことも…。いつでも病院に行けるような格好で寝ています」
ただ、還暦を過ぎ、「私がもし倒れたら、この子はどうなるんだろう」との不安がよぎるようになった。「ずっと元気じゃないと」。介護は苦にならないものの、心身共に健康で居続けるためには、ちょっとした気分転換は必要だと思う。「旅行に行ってくるねって、豊に言いたいな」。京子さんの言葉に豊さんはうなずいた。
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県の2013年3月の調査によると、県内では1700人余りの重症心身障害者・児が在宅生活を送る。自宅で介護する親たちの負担軽減のため病院など18施設が医療型短期入所を受け付け、660人が利用した。一方で、短期入所を希望する重症者・児は580人。「障害の程度によって対応が異なり、ベッドが空けばすぐに受け入れるということにはならない」(病院関係者)。
施設が福岡、北九州両市に偏在していることもあり、県は「空白地の解消」も目的に、宗像、筑紫野、筑後、苅田など6市2町で、既存の介護老人保健施設(老健)を活用した短期入所事業を実施。昨年12月末までに各市町で1施設ずつ、重症者・児の受け入れ態勢を整えた。
老健施設には医師や看護師が常駐しており、「たんの吸引など医療的ケアも可能」と県障害者福祉課の担当者。「『短期入所を利用したいが家から遠すぎる』という声が寄せられていた。老健施設に受け入れてもらうことで負担の軽減につながる」と説明する。
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だが、短期入所事業を始めた老健施設のスタッフは打ち明ける。「高齢者の介護で手いっぱい。問い合わせもない」
県によると、老健施設の案内は今のところ、利用者の窓口となる市町村に伝えているだけ。4月以降、サービスの内容や各老健施設の電話番号を紹介するパンフレットを病院や福祉施設などに配置するという。
「短期入所の拡充は助かるが、きちんと利用できる環境が整わないと意味はない」。障害者の親たちでつくるNPO法人ニコちゃんの会の森山淳子代表は指摘する。障害者を預かる老健側の不安、専門外の老健施設に預ける親たちの不安-。双方の不安を信頼に変えるのが重要という。「継続的なスタッフへの研修、日帰りサービスの導入…。財政面の支援を含め実効性のある取り組みを」と訴える。
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