(不眠と寝不足との違いは)
日本人の睡眠時間の変化を調査したデータ(NHK放送文化研究所、2005年国民生活時間調査報告書P38)によりますと、1970年代に平均8時間だった睡眠時間は、2005年に7時間22分と少し減りました。さほど変化があるように見えませんが、これを死亡率に関連させると6.6時間から7.4時間が最も死亡危険率が低い (KripeDFetal:ArchGen Psychiatry59:131,2002)とあります。つまり疲労回復に必要な時間を確保できないほど短いのは、体に悪いですが、長ければそれで疲労回復が解決されるということでもないのです。副交感神経のバランスが悪いと、長く寝ても体がだるいという症状が出てきます。
人間と睡眠の関係は長い間研究されていますが、解明されていない所もたくさんあるようで、特に高齢者の睡眠については、特徴は解明されていますが「質の確保」となるとまだ研究中です。
高齢者はよく居眠りを目撃されます。逆をいえば、高齢になって仕事から解放された方は、仕事中の居眠りを他人に見られなくてもすむといえます。「年寄りの居眠り」と一言で片づけられ、高齢の役員が会議中に居眠りをすることや、国会議員の居眠りに批判が及び、そんな者が給料を取るなと非難されることもありますが、さぞストレスも溜たまることだろうと私は思います。
「居眠り」は、「寝入りばな」と同じ状態のことで、ノンレム睡眠の1段階2段階目のことを指していいます。人間の睡眠はこのノンレム睡眠から入るといわれていますから、高齢者の「居眠り」と若い人の「寝入りばな」は同じなのです。
「ノンレム睡眠」はよく「深い眠り」の意味だと混乱されることがありますが、ノンレム睡眠の第一段階である居眠り状態は、深い眠りでは全くありません。ややこしく聞こえるでしょうが、高齢者の眠りの質が悪いのは、この寝入りばなから深い眠りのノンレム睡眠状態に到達できないことに原因があるのです。
グッと深く眠りに入っていくことが高齢になるとできなくなるのです。「若いからよく寝る」と言われますが、それはノンレム睡眠を深くする体力があると考えてもいいでしょう。高齢になるとそこができないので、結果的に浅い「寝入りばな」ばかりが続き、起きても疲れていることが「居眠り」の繰り返しという状態になって現れるのです。
ストレスの消化もホルモンの分泌も、「深いノンレム睡眠状態」で起きます。つまり脳も肉体も十分に休息を取っている状態の時に現れます。高齢になると睡眠の深さがなくなるので、心身ともに休息が満足にとれていない状態です。これが睡眠の質が確保されていないということで、逆をいえば、深く眠れないことで常に疲れているのが高齢者だともいえるでしょう。
心療内科の初診時に、「不眠」と書かれる高齢者の方が多いのですが、明け方からうとうとして昼すぎまで寝てしまうのをなんとかしたい、夜中に覚醒があり日中に眩暈めまいがする、眠れずに布団の中で不愉快なことを考えるなど、悩みに個人差があります。これは寝不足ではなくて、睡眠の取り方や質を解決しなければなりません。睡眠導入剤を利用される方が多いのですが、最近は種類も増えて、どの薬があうかをよく研究する必要があります。トイレに行きたくなって起きたら薬が効いているせいで、布団の上で転倒して骨折したという方もいらっしゃいますが、その瞬間に失禁もしてしまったりして、不甲斐ふがいなさや情けなさが精神面での副作用となって現れることがあります。
夜中に起きていることを気にしなければいいといいますが、夜中は寝ていたいと願う人間の心理は不思議なもので、一般的な気持ちの問題のようです。
睡眠時間が短くても疲労が回復し、スッキリできる健康な睡眠を取り戻したいと願うご高齢者が多いのですが、薬に頼るのは限界があります。やはり、体を動かさないと眠りは深くなりません。若い方に不眠が増えたのもパソコンでの仕事が多く、運動量が少なくなったからではないでしょうか。女性はおしゃべりな方のほうが熟睡するというデータもありますが、大きな声で話すことは、肉体疲労に貢献しているともいえるでしょう。人との会話など、社会活動と睡眠の関係もあるようで、高齢化して社会面での活動が少なくなれば、睡眠の質も低下するとは、どうやら関係があるのかもしれません。
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