新潟県三条市が、今年12月から4カ月間、市内の小中学校の給食で牛乳を出すのを試験的にやめることを決めた。同市は全ての給食が米飯の「完全米飯給食」を実施しており、和食中心の献立に「牛乳が合わない」との声に応えたという。給食の牛乳は家庭の食事で不足するカルシウムを補う役割も果たしており、中止の試みに波紋が広がっている。健康・料理研究家で管理栄養士の幕内秀夫氏と、神奈川県立保健福祉大学長の中村丁次氏に見解を聞いた。(平沢裕子)
≪幕内秀夫氏≫
栄養計算やめ食文化守れ
--給食の牛乳中止をどう思うか
「もちろん賛成。そもそも学校給食で規定された食材はない。パンもご飯も必ず出さなければいけないわけではない。ところが牛乳だけは、保護者も学校関係者も自分たちの経験上、給食には必ずつくものと思ってきた。戦後、学校給食は脱脂粉乳とコッペパンで始まった。当時は食糧難で、小麦粉と脱脂粉乳には米国から援助があったからだ。その後、脱脂粉乳が牛乳に代わった。食糧難の時代なら脱脂粉乳や牛乳を提供するのは意味があったろうが、現代はそういう時代ではない。今は週3回米飯給食を実施する学校が9割を超える。多くの人は『ご飯と牛乳は合わない』と疑問に思いながらも、決まりだから仕方がないと思っていた。三条市の決断で、給食に牛乳が必ずしも必要ないことが広く認知されたことはよかった」
--カルシウム不足が指摘される
「学校給食では文部科学省の摂取基準に基づいていろいろな栄養素をとることが求められている。ただ、私が3年前に情報公開請求して調べた神奈川県藤沢市の小学校の給食では、タンパク質や鉄、食物繊維など他の栄養素も足りていなかった。毎日牛乳が出ていたがカルシウムも足りていない。これは藤沢市だけでなく、他の自治体も似たようなものだろう。栄養素の不足をなくすには食事量を増やさなければならないが、そうすると今度は脂質や熱量が過剰になってしまう」
--現状で不足しているなら、中止で不足に拍車がかかるのでは
「全国の中学校の給食実施率は約8割で、残りの2割は弁当で昼食に牛乳を飲んでいない。幼稚園も3割が弁当で、お昼に牛乳を飲んでいない。もし牛乳なしが健康上問題というなら、文科省は弁当の子供たちに牛乳を出すよう行政指導すべきではないか。ただ、給食は年に約190食、全食事の17%程度で残りの83%は家庭での食事だ。全体の17%にすぎない食事で、カルシウムの過不足を議論することがおかしい」
--牛乳には良質のタンパク質も含まれ費用対効果に優れている
「三条市では冬に牛乳を残す子供が多いのも問題だったという。牛乳の廃棄率の高さに頭を悩ませている自治体は少なくない。出されても飲まない子供が多いなら、牛乳を出さないでその分を他の食材に代えた方がよほどいい献立ができる。そもそも摂取基準を守ろうと栄養士が栄養素の計算をすることが、ご飯とさんまの塩焼きに牛乳という変な献立の一因になっている。日本は今や世界に誇る長寿国で、それを支えているのは伝統的な日本食ともいえる。給食では中途半端な栄養素の数合わせをするのでなく、日本の食文化を守るような献立を考えるべきだ」
≪中村丁次氏≫
成長期の健康維持に必要
--給食の牛乳中止をどう思うか
「反対だ。人間が生きるために必要な栄養素は約40種類あり、牛乳1本(200cc)にはビタミンC・鉄・食物繊維以外のほぼすべてが含まれる。飲むのをやめれば、カルシウムなどのミネラルやビタミンAなどの栄養素が欠乏し始めるだろう。実際、給食のない日は児童生徒のカルシウム摂取量が推奨量より30~50%不足しているとの調査もある。給食で牛乳を出している今でも推奨量を満たしていないのに、やめればもっと不足し、骨粗鬆(こつそしょう)症など将来の健康への影響も心配される」
--弁当で牛乳が出ない生徒もいる
「これだけ子供のカルシウム不足が心配されているのだから牛乳を出せばいい。カルシウムは小魚やホウレンソウからも摂取できると思うかもしれないが、これらの食品に含まれるカルシウムは牛乳に比べ吸収率が低い。牛乳の栄養素を他の食品で補うには相当のコストがかかる。安く補えるのはサプリメントだが、牛乳をやめてサプリメントをすすめることになりかねない」
--ご飯と焼き魚など和食の献立に牛乳は合わない
「和食を食べた後にアイスクリームやヨーグルトを食べることもある。焼き魚といっしょに飲むのがいやなら、食前や食後に飲めばいい」
--伝統的な食文化についての理解の妨げになるとの声もある
「『伝統的な和食』と『健康的な日本食』は違う。伝統的な和食を食べていたころの日本人の平均寿命は50歳前後。塩分過剰とビタミン・ミネラル不足でかっけや夜盲症に悩まされ、胃がんや脳卒中も多かった。日本人の体格がよくなり、平均寿命が80歳を超える長寿国となったのは、伝統的な低栄養の食事に欧米食が適度にミックスされたためだ。中でも牛乳乳製品はビタミン・ミネラル不足の解消に大きく貢献した。和食が持つ精神文化は尊重すべきだが、伝統的な和食に戻せば栄養失調状態となり脳卒中が増えるだろう」
--食糧難のころと状況が違う
「厚生労働省の調査では、経済的な差が栄養の格差となり、貧困層はビタミンAやカルシウムなど牛乳に含まれる栄養素が不足していることが明らかになっている。経済格差が広がる中、学校給食が唯一の栄養補給源になっている子供がいることを忘れてはいけない」
--牛乳が栄養素のための調整弁に使われ、ひどい献立も目立つ
「成長期の子供たちに必要な栄養素を満たすのに牛乳、乳製品が必要ということだ。今、米国やヨーロッパでも日本の給食制度を導入しようとしている。今日まで、多くの関係者の努力により、世界に誇るべき給食制度を作り上げてきたのに、なぜそれをわざわざ崩す必要があるのか」
【プロフィル】幕内秀夫
まくうち・ひでお 昭和28年、茨城県生まれ。61歳。東京農業大栄養学科卒。管理栄養士。伝統食と健康の研究を行う「フーズ&ヘルス研究所」主宰。著書に「粗食のすすめ」「変な給食」など。
【プロフィル】中村丁次
なかむら・ていじ 昭和23年、山口県生まれ。65歳。徳島大学医学部栄養学科卒。医学博士。平成23年から現職。日本栄養士会名誉会長。著書に「栄養の基本がわかる図解事典」など。
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