先日、仕事で神戸を訪れたとき、スペアリブがおいしいというお店につれていっていただいた。山道をどんどん上がって、最後は車が1台やっと通れるような細い道になった(写真1)。
どこまで行くのだろう、と不安になり始めたころ、ようやく目的地に着いた。登山道の入り口近くにある、まるで山小屋のようなお店。1日前からタレにつけ込むというスペアリブは絶品で、ワインととても合った(写真2)。
ご一緒したのは、気の合う仲間たち。食事をしながらの会話も弾み、楽しい時間が流れた。
よみがえる、15歳の夏の記憶
そろそろデザート、という頃になって、少し冷気に当たろうと、1人外に出た。すると、あるものが目に飛び込んできた。「あっ!」と思った。見た瞬間に、それが何を意味するのか、一瞬にしてわかったのである(写真3)。
よみがえってきたのは、15歳の夏の記憶。初めて行った外国は、カナダのバンクーバー。3週間くらいホームステイして、英語の勉強をした後で、カナディアンロッキーに旅をした。
バンフで、夜、みんなでキャンプファイアーをして、そろそろ佳境に入ったという時に、現地のスタッフが持ち出したのが、マシュマロ。「これを、木の枝に刺して、あぶって食べるとおいしいんだ」という。
言われるままに、マシュマロを落ちていた枝に刺して、火にかざした。外側が少し焦げるくらいにすると、中がふんわりと溶けて、魔法のようにおいしかった。感動した。
焼きマシュマロで至福のひととき
51歳になった私は、神戸の山中のレストランにいる。そして、目の前に、暖炉と、マシュマロと、スティックがある。夢中になって、スティックに枝を刺して、火にかざした(写真4)。やがて、マシュマロがじんわりと焦げていく。失敗して、火がついても、すぐに消せば大丈夫。口に含む。ふんわりと溶けたマシュマロ。この上ない幸せを感じた(写真5。私の「書生」の画家、植田工撮影)。
「脳がよろこぶ」食べ物
よく、「脳に良い食べものは何ですか」と聞かれる。脳の働きに対する関心が高まっている中、脳の機能を向上させてくれる栄養素などに注目が集まっているのだろう。
脳に良い食べものとは、すなわち、体に良い食べものである。糖分、脂質、タンパク質、ビタミン。さまざまな栄養素が、体にとって必要であるが、脳も同じこと。脳は大量の血糖を消費するというようなことはあるが、取り立てて脳にだけ効く食べものがあるわけではない。
脳に良い食べものには、もうひとつ重要な視点がある。すなわち、脳がよろこぶこと。体への栄養とともに、脳への栄養にもなること。これは、さまざまな要素が響き合った、総合的なものである。素材自体、栄養そのものに加えて、どのような状況で食べるか、誰と食べるか、どんな雰囲気で食べるかといった付加的なことで、脳の喜びは深くなっていく。
同じ食べものでも、殺風景な場所で、1人味気なく食べるよりは、すてきな場所で、みんなと楽しく、ゆったりと食べる方が、脳の喜びは深い。そこには、栄養学には還元できない、脳の働きから見た食の喜びがある。
マシュマロの原料は、砂糖や卵白、ゼラチン。栄養学的にいえば、それだけのこと。しかし、マシュマロを枝に刺して、火にかざして溶かして食べる時間の、いかに贅沢ぜいたくなことか。そこには、現代人を癒やす、大いなる脳の喜びがある。
すてきな仲間たちを、室内から呼んで、一緒にマシュマロをあぶって食べた。よみがえる、15歳の夏の記憶。あの頃、私はナイーブな少年だった。世界のことを、あまり知らなかった。でも、胸には、静かに燃える炎のようなものがあったように思う。
あれからの歳月、私は今どこにいるのだろう。マシュマロを炎で焼く時間の中で、私は自分自身を心の鏡の中で見つめていた。
(おじゃましたのは、神戸市中央区の、再度山荘ふたたびさんそう。すてきな時間を、ありがとうございました!)
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茂木 健一郎(もぎ けんいちろう) |
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(2014年2月10日 読売新聞)
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