長期にわたる体調不良は甲状腺トラブルの可能性あり
バセドウ病・橋本病
食べる量は増えていないのに太った、集中力が落ちた、疲れやすい──。ありふれた体調不良でも、長期にわたる場合は、甲状腺のトラブルかも。病院で血液検査を受ければ、甲状腺の“元気度”はすぐに分かります。

甲状腺ホルモンにかかわる病気の中で、最も患者数が多いのがバセドウ病と橋本病。「いずれも女性に圧倒的に多く、発症年齢は、バセドウ病は20~30代、橋本病は40~50代が最も多い」と赤須医院の赤須文人院長。
甲状腺は、首の前側、のど仏の下にある組織で、ホルモンを分泌する器官としては、体の中で最大。その甲状腺が分泌するのが「甲状腺ホルモン」だ。細胞の分裂や成長に必要で、体の各器官が正常に機能するために欠かせない。体内にエネルギーを作り出すためにも重要だ。
甲状腺ホルモンの材料となるのは、食べ物から摂取したヨード(ヨウ素)。ヨウ素は昆布などの海藻類に豊富に含まれるので、日本人の場合、不足することはほとんどない。
甲状腺ホルモンの司令塔も脳の視床下部(ししょうかぶ)で、ホルモン量が減少すると、脳の下垂体(かすいたい)に「甲状腺刺激ホルモン(TSH)」を分泌するように指令。それを受けた下垂体がTSHを分泌し、甲状腺からホルモンが放出される(上図)。
ところが、甲状腺が脳からの指令を外れて暴走し、甲状腺ホルモンを過剰に分泌したり、逆に指令を受けても分泌できなくなることがある。これがバセドウ病と橋本病だ。
甲状腺の機能が逆に働く正反対の2つの病気
バセドウ病と橋本病は、一方は甲状腺が活動しすぎる、もう一方は活動が低下するという、正反対の病気だ。
バセドウ病では、代謝が高くなりすぎるために、動悸(どうき)や発汗、手の震えなどが起こる。体の消耗が激しいので疲れやすく、神経質になることも。食欲も増す。「バセドウ病ではやせるのが一般的だが、20代では、代謝が高まる以上に食べる量が多くなり、やせないケースも半数を占める」と赤須院長。
一方、橋本病では食べないのに太る、冷え性、無気力、記憶力の低下などが起きる。甲状腺疾患専門の伊藤病院の吉村弘内科部長は、「症状の多くが、ありがちな不定愁訴(しゅうそ)なので、不調を感じて医療機関を受診しても見過ごされたり、更年期症状や躁(そう)うつ病など、別の病気と見誤られることも少なくない」という。病気を自覚していない人も多い。
「必要な治療を行わないと、不調が続くだけでなく、知らずに妊娠すれば、橋本病の場合は胎児の成長に影響したり、バセドウ病では心不全を起こす可能性も。妊娠を望む場合は特に、その前に甲状腺機能の検査をすることをお薦めする」(吉村部長)。
バセドウ病や橋本病には、自分の体を自分で攻撃してしまう「自己免疫」が関係している。
「バセドウ病は、体の中にTSH受容体抗体という自己抗体ができる。これがTSHと似た働きをして、脳の下垂体の制御の及ばないところで甲状腺からホルモンを分泌させてしまう」(赤須院長)。一方、「橋本病では、体の免疫細胞が自分の甲状腺を攻撃するために炎症が起こり、甲状腺の機能が少しずつ低下する」(吉村部長)。また、バセドウ病だった人が橋本病になるケースや、家族がいずれかの病気だと、発症しやすい傾向がある。
「甲状腺ホルモン」を分泌する

甲状腺が暴走する
バセドウ病
甲状腺が脳からの指令を無視して甲状腺ホルモンを多量に分泌する病気。代謝が上がりすぎ、頻脈や動悸、大量の発汗などの症状が出る。血中の甲状腺ホルモン量が多いため、脳はTSHの分泌を抑え、血液中のTSH量は少なくなる。
主な症状
●動悸、息切れ
●手が震える
●イライラする、興奮する
●のぼせる
●汗をかきやすい
●食欲があるのにやせる
●月経期間が短くなり、出血量が少なくなる
間違えられやすい病気
心臓病、躁うつ病、更年期障害、糖尿病、高血圧症 など
甲状腺の炎症で機能が落ちる
橋本病
体の中の免疫細胞が甲状腺組織を攻撃し、徐々に甲状腺の機能が低下する病気。下垂体からのTSHの分泌量が増える。軽い場合はTSHの刺激に反応して甲状腺ホルモンが増えるが、重症になるとTSHが増えても甲状腺ホルモンが増えない。
主な症状
●寒がる、基礎体温が低下
●記憶力が低下
●意欲が低下し、無気力になる
●手足がしびれたり、筋肉がつる
●むくむ
●便秘になる
●声がかすれる
●LDLコレステロール値が上昇
●月経期間が長くなり、出血量が多くなる
間違えられやすい病気
冷え性、認知症、うつ、更年期障害、末梢(まっしょう)神経疾患、腎臓病 など
●唐辛子
●コーヒーなどのカフェインを含むもの
いずれも交感神経を刺激して、高くなっている代謝をさらに高めてしまう。また、動悸が激しくなる。
ゴイトロゲンという成分に甲状腺ホルモンの合成を妨げる作用がある。
●大豆製品
大豆サポニンという成分に甲状腺ホルモンの合成を妨げる作用がある。
検査の基本は血液検査、治療の中心は薬物療法
バセドウ病も橋本病も、検査の基本は血液検査で、特定のホルモンの値によって、病気の可能性が見つけられる。その後、他の病気と見分けるため、二つの病気特有の自己抗体値を測る。さらに「バセドウ病で自己抗体が多くなければ、放射性ヨウ素を服用した後にその摂取率を測定する」(赤須院長)。一方、「橋本病で自己抗体が多くなければ、細胞診を行う」(吉村部長)。
バセドウ病の治療法は3種類(下)。まず、多くの人が行うのが薬物療法で、「薬が効かない人や、副作用が出て続けられない人にはアイソトープ療法や手術を行う。これらの治療後に、甲状腺機能が低下しすぎるケースがあり、その場合は甲状腺ホルモンを服用することもある」(赤須院長)。
橋本病の治療は「その人に足りない量の甲状腺ホルモンを、1日1回経口薬で補うだけ。副作用はほとんどなく、服用を始めると薄皮をはぐように、だんだんと症状が取れていく」と吉村部長は話す。
バセドウ病の治療
1st STEP
のみ薬(薬物療法)
どんな内容? 抗甲状腺薬を服用する。
効き目は? 3~4カ月で効果が表れる。70%の人がこれで症状が治まる。
デメリットは? 薬が効かない人も。また、副作用が出ることがある。
2st STEP
アイソトープ療法
どんな内容? 放射性ヨウ素剤をのんで、甲状腺を“放射線で焼き”、機能を低下。
効き目は? 数カ月で効果が表れる。15%の人がこの方法で治る。
デメリットは? 甲状腺機能が低下しすぎることがある。
手術
どんな内容? 過剰な甲状腺ホルモンが作られないように甲状腺の一部を切り取る。
効き目は? 手術後すぐに効果が表れる。15%の人がこの方法で治る。
デメリットは? 入院が必要で、のどに傷が残る。切除しすぎると機能低下を起こすことがある。
橋本病の治療
ホルモン補充療法
足りない甲状腺ホルモンを補う。甲状腺ホルモン薬を少量からのみ始め、血液中のTSHが正常値になるように薬の量を増やしていく。適量が分かったら、その量で1日1回服用する。その後は3~6カ月ごとに血液検査でホルモンの状態を確認しながら、薬の量を加減する。

赤須医院(東京都港区)
「バセドウ病の人は代謝が活発になるので、6月ごろから夏バテになりやすく、症状が出やすい傾向にあります。一方、橋本病は冷えなど冬に気づくことが多いですね」

伊藤病院(東京都渋谷区)
甲状腺疾患専門の伊藤病院で内科治療を行う。「橋本病では肝臓の機能が低下し、血中のLDLコレステロールが高くなることがあります。健診で数値が高い人は甲状腺の検査を」
日経ヘルス 2013年1月号掲載記事を転載
この記事は雑誌記事執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/special/20140109/170746/?ref=top-shin
http://wol.nikkeibp.co.jp/article/special/20140109/170746/?P=2&ST=health