本件は、消費者38名が、連鎖販売業者との間で締結した飲料に関する連鎖販売契約につき、特定商取引法によるクーリング・オフに基づく解除を主張し、これを原因とする原状回復請求として、支払い済みの金額から商品の客観的価値を引いた額の返還等を求めた事例である。
裁判所は、クーリング・オフを認め、業者側に原状回復義務があるとした。また、業者側が主張する報酬返還請求権との相殺の抗弁については、報酬支払いの原因となる連鎖販売契約は委任契約であるから、解除による委任契約消滅の効果は将来に向ってのみその効力を生ずるものであり、既に受領した報酬の返還義務は発生しないとしてこれを排斥し、消費者の請求を認めた。(東京地裁平成23年12月19日判決)
- 『判例タイムズ』1372号143ページ
事案の概要
- 原告:
- X1~X38(消費者)
- 被告:
- Y(連鎖販売業者)
X1らは、Yが統括するビルベリー(ブルーベリーの一種)飲料(以下、飲料という)の連鎖販売業について、事業代理店(以下、会員という)であった者である。
本件連鎖販売取引のシステムは、まずYの商品であるa飲料1箱(30本入り)を25万円で購入するとともに、事業代理店として会員登録し、Yとの間で連鎖販売契約を締結する。その後会員は、契約1口につき、毎月b飲料およびc飲料(各1箱30本入り、2箱で1万円)を購入し、かつ、最低2人の新規会員を紹介すると、Yから報酬を受けることができるというものである。
X1らは、Yとの間でこの契約を締結し、契約1口当たりの費用として少なくとも26万円を支払って、Yからa飲料30本、そして1カ月分のb飲料およびc飲料の合計60本、合わせて90本を受領した。
しかしながら、これらa、b、c飲料の客観的相当価値は、全部合わせてもせいぜい1万円であると思われた。
そこでX1らは、以下のような主張をし、特定商取引法(以下、法という)40条1項に基づく解除(クーリング・オフ)を主張した。すなわち、YはX1らと連鎖販売契約を締結するに当たり、本件飲料会員登録申込書と会員規約をX1らに交付したが、それらの書面は、法37条2項に定める連鎖販売契約の内容を明らかにする書面としての要件を満たしていない。したがって、法40条1項に基づくクーリング・オフによる解除の期間(上記書面を交付した日から起算して20日)は経過していないとして、X1らの解除の意思表示によりYとの間の連鎖販売契約は解除されたとしたうえで、原状回復請求を主張した。
これに対しYは、(1)クーリング・オフ期間は経過している(2)X1らは購入した商品を既に消費し返還が不可能となっているから返金の義務はない(3)仮にYに代金返還義務があるとしても、X1らは報酬を得ているので報酬返還請求権と相殺するなどと主張して争った。
理由
1.クーリング・オフ期間の経過について
法37条2項に定める書面が交付されてから20日が経過するまでは加入者に無理由の解除(クーリング・オフ)を認めた趣旨は、加入者の判断を誤らせないよう商品の性能・品質や特定利益、特定負担等の内容を明示させたうえで熟慮再考の機会を与えて、加入者を保護しようというものである。
これに照らして、YがX1らに交付した登録申込書および会員規約、ビジネスガイド、技術資料、概要書面を検討してみても、特定利益に当たる開発報酬のうちのステップ報酬(新規加入者1人当たりの開発報酬12万円のうち3分の2に相当する8万円)に関する計算方法の具体的記載がない*。また、各飲料について商品の価値を最も左右する情報であるビルベリーの成分がどの程度の割合で含まれているかという点についての具体的な記載がまったくない。加入者に対し商品の販売拡大の可能性を十分に検討させることができるだけの商品情報は記載されていないのであって、法37条2項1号に定める「商品の種類及びその品質」の記載はないと評価せざるを得ない。したがって、YがX1らに対し、法37条2項の書面を交付したとは認められないから、X1らのクーリング・オフによる解除権は消滅していない。
2.商品代金返還請求(原状回復)について
連鎖販売取引は、商品販売の形式はとっているものの、実質的には代金の相当部分が他の会員への報酬やYの利益となることが想定される。したがって、契約が法40条1項により解除(クーリング・オフ)された際、加入者が商品を消費していた場合に、商品そのものの客観的な価値相当額については民法548条1項により解除権が消滅するものの、他の会員に支払う報酬や連鎖販売業統括者の利益に相当する額についての解除権は消滅せず、商品の客観的な価値相当額を超える部分の代金について原状回復請求権に基づく返還を請求できる。
3.報酬返還請求権との相殺の主張について
連鎖販売契約後に新規加入者を勧誘したことを原因として加入者が統括者から得た報酬は、連鎖販売契約ではなく、新規加入者の勧誘を直接の原因とするものであって、契約の性質は委任契約に当たる。委任契約の解除は将来に向かってのみその効力を生ずるから(民法652条、620条)、新規加入者の勧誘という委任事務の履行によりX1らが得た報酬については解除によってもYに返還請求権は生じない。
- *これは、施行規則30条1項に定める記載事項のうち、「特定利益に関する事項」(事項7)の「特定利益の金額の割合その他の特定利益の計算の方法」(内容イ)の記載がないものと評価せざるを得ない。
解説
本件は、連鎖販売取引に関し、交付された書面の記載事項に不備があったとして、書面交付から20日以上経過後にクーリング・オフをして支払い済みの金銭の返還を求めたケースである。
主な争点は、(1)クーリング・オフ期間は経過しているか(2)商品を消費している場合の清算方法(3)一般連鎖販売業者として報酬を得ている場合の報酬返還の必要性という3点である。
第一の論点については、法定書面の交付の日を起算日として定めた趣旨について以下の点を指摘し、書面不備に当たるので20日経過後もクーリング・オフは有効であると指摘した。「連鎖販売契約において、法定書面の交付が義務づけられ、この書面の交付日から起算して20日が経過するまでは、連鎖販売加入者において、クーリング・オフによる解除をすることができるとされた趣旨は、次のとおり解される。すなわち、連鎖販売という仕組(しく)みがとられた場合、加入者は、販売対象となる商品自体の価値だけではなく、系列下の新規加入者の勧誘によって得られる利益(特定利益)に着目して当該商品を購入するかどうかを決める。他方で、連鎖販売の仕組みは、その仕組みを維持するための負担(特定負担)をも加入者に求める。ところが、連鎖販売による販売拡大の利益が集中する統括者の側では、加入者を多くしようとする余り往々にして商品の販売拡大によって得られる特定利益のみを強調し、実際には系列下の新規加入者を勧誘して商品の販売拡大をすることが容易でないことを隠蔽(いんぺい)する傾向が生ずる。
そこで、特定利益の見込みが特定負担の大きさと釣り合ったものであるか否かについての加入者の判断を誤らせることがないように、商品の種類・性能・品質や特定利益、特定負担の内容を明示させるべく法令により記載内容を定めた書面の交付を義務づけ、加入者の熟慮再考の機会を与えるため、その書面が交付された日から起算して20日が経過するまでは加入者に無理由の解除権を認めたのである。」
第二の論点については、訪問販売の場合とは異なり、連鎖販売取引では清算規定がないため解釈上の疑義があったが、本件判決では、「連鎖販売取引は、商品の販売の形式をとってはいるものの、実質的には、その代金のうち相当部分は、連鎖販売業を維持拡大するために他の会員に支払う報酬や統括者である被告(Y)の利益となることが想定されるものである。原告ら(X1ら)が商品を消費し返還できなくなったからといって、クーリング・オフによる解除をしても、その代金を全(まった)く返還請求できないとするのは、法が解除権を認めた趣旨に照らし、加入者の不利益において連鎖販売業者を不当に利することとなり相当でない。」と指摘して、商品の客観的な価値相当額を超える部分の代金は返還請求ができるとの判断を示した。
第三の論点については、「報酬金の利益は、連鎖販売契約を直接の原因として得た利益ではなく、連鎖販売契約により会員としての地位を取得した後、新規加入者を勧誘したという別の事実関係を直接の原因として得られたものであり、連鎖販売契約が解除されたことにより返還しなければならない商品代金とは別の利益を得ているのである。つまり、安定報酬、開発報酬とも、会員が連鎖販売契約を締結しただけで得られるものではなく、新規加入者2人の勧誘が不可欠の前提とされており、その勧誘活動の報酬と評価できるものである。」と指摘し、「報酬金」については解除によっても返還請求権が生じないと判じている。
連鎖販売取引の実務でしばしば問題点となる論点であるが、これまでは裁判例が乏しかった。相談実務において参考になるので紹介する。
参考判例
- (1)大阪地裁平成22年12月2日判決
(『判例タイムズ』1350号217ページ、『判例時報』2151号54ページ) - (2)京都地裁平成19年1月26日判決[PDF形式](裁判所ウェブサイト) http://www.kokusen.go.jp/hanrei/data/201401_1.html