PM2.5による大気汚染に注目が集まっています。特に中国からの「越境大気汚染」について、日本国内でも議論が盛んになってきました。季節が冬になると、汚染物質が地表付近にたまりやすくなります。越境大気汚染の現状について専門家にお話を伺いました。
■アジアは大気汚染が深刻!
IPCCという機構をご存じでしょうか。「気候変動に関する政府間パネル」のことで、専門家たちが「地球の気候変動」に関して、調査、研究を行う政府間機構です。
先日、9月27日(日本時間)にIPCCから第五次評価報告書の第一次作業部会報告書が提出されました。IPCCの報告は「地球温暖化」「大気汚染の気候影響」などに関する重要なデータを含んでおり、世界中の科学者が注目しています。
今回は、この報告を踏まえて「越境大気汚染」について、東京大学 大気海洋研究所 地球表層圏変動研究センター センター長、中島映至教授、鶴田治雄特任研究員に、お話を伺いました。
中島教授は大気粒子環境の研究における第一人者、鶴田研究員は大気汚染研究に関するスペシャリストです。
――IPCCの第五次評価報告書の第一便が出たわけですが、先生方は大気汚染についてどのように見られていますか。
中島教授 大気汚染の観点では、その気候影響の評価にはまだ大きな不確実性が残っている点が重要です。特に、黒色炭素の加熱効果と雲との相互作用による冷却効果の評価が今後とも必要です。
アジアについては汚染はひどい状況だといえるでしょう。中国、東南アジア、ヒマラヤ山脈の南側、インドなど、いい状態とはいえませんね。経済活動が活発になっている場所では大気の汚染状況は深刻です。
――特にアジアの都市部はひどい状況のようですね。
中島教授 そうですね。日本の環境基準の倍以上という場所も多く見られ、大気汚染の状況は良くないです。
*……PM2.5の、日本の環境基準の詳細については文末を参照してください。
■大気汚染によって早死にする人が倍に!?
――大気汚染はこのまま続くのでしょうか。この先を予測することはできるのでしょうか?
中島教授 大気汚染監視データや将来の社会経済予測などを使って判断していかないといけないですね。IPCCの標準的なシナリオでは2050年までに世界の二酸化硫黄の排出は半減するという予測ですが、昨今のアジアの状態を見ると予断を許さない状況です。
鶴田研究員 例えば、『OECD Environmental Outlook to 2050』(2012年に出版)という、よく引用されるレポートがあります。世界の環境問題で、次の4領域、「気候変動、生物多様性、水、汚染による健康影響」、に焦点を当てています。その中に「粒子状物質にさらされていることにより世界で早死にする人数(人口100万人当たり):ベースラインシナリオの場合」というものがあります。
画像は、各エリアにおいて、棒グラフの左から2010年、2030年、2050年の早死にする人口を示しています。例えば中国(図ではChina)では、2050年には「100万人あたり900人以上が早死にする」と予測されているのです。
これによると、現在の経済成長やエネルギー使用量の増加が続いて何も対策をとらないと、CO2などの温室効果ガスや大気汚染物質の排出量も増加します。
そして世界人口の約70%が都市域に集中することにより、PM(PM10やPM2.5の粒子状物質)によって早死にする人数は、最悪の場合、アジアの多くの国々では、2050年には2010年と比べて倍以上になると予測されています。
――これは深刻な予測ですね。
中島教授 このデータはIPCC第5次評価報告書で使われた標準的なシナリオの予測よりも悪い予測です。
鶴田研究員 これは、あくまでもベースラインシナリオ、つまり、何も対策をとらないときの最悪の予測データと考えるべきだと思います。
OECDもこの報告の中で、このような事態になる前に、環境と健康を守るために、早急にしかるべき対策をとる行動を起こすように、と警告しています。
――これよりもさらに悪くなることも考えられるのでしょうか。
中島教授 放置すると確実に悪くなります。
鶴田研究員 ですので、国家、政府、民間など、垣根を越えて全力で取り組んで事態の悪化を食い止めなければいけません。
日本は、過去の高度成長期に深刻な大気汚染に悩まされ、たくさんの方々の健康が損なわれてきました。その対策をこれまでずっと取り続けてきて、良い環境や健康を取り戻してきました。
日本は、そのときの技術的な対策や貴重な経験を生かして、現在大気汚染に苦しんでいる国々に対して、政府、企業、研究者や技術者、住民が、それぞれの立場で、大気汚染を減らし健康を守ることに協力していくのが良いように思います。
■「軽減」と「適応」を急ぐ!
――この大気汚染にどのように対処すればいいのでしょうか。
中島教授 「軽減」と「適応」です。
まず「軽減」のための努力をしなければなりません。
できることはたくさんあります。最近では、中国の工場にも脱硫装置を付けることが多くなり硫黄酸化物は減り始めましたが、窒素酸化物や揮発性有機化合物などは増えています。工場、家庭、交通システムからの汚染物質を減らす努力をさらにしなければなりません。
薪や石炭を日々の煮炊きに使用している場所がアジアには多くありますが、これらの燃料の転換も重要です。また石油精製や自動車の触媒装置をもっと良くして、窒素酸化物(NOx)などの排出を抑える必要があります。
電気自動車やハイブリッド車などの普及を促すのも一つの方法かもしれません。無数の排出源があるわけで、逆に言うとすべての人々がその削減に貢献できるといえます。
――「適応」についてはいかがでしょうか。
中島教授 「PM2.5の気象予報」が今始まっていますが、それを参照して、ひどい汚染のときには外出することは控えるといったことですね。予報は始まったところですが、その予報精度を上げるための努力が払われています。大陸からやって来るPM2.5は日本まで届きますから。
――日本は偏西風の風下なのでつらいですね。
中島教授 空気清浄機を導入することも大事だと思います。私も気管支が弱いですから空気清浄機は必須です。家に入れて咳も止まり、皮膚の炎症もなくなりました。それで研究室にも置くようになりました。あなたは空気清浄機を持っていますか?
――いえ……。
中島教授 それは良くないですよ。寿命を縮めますからぜひ導入を考えてみては。
あと、日本も決して努力を怠ってはいけません。日本は高度成長期に、現在の中国と同じように深刻な大気汚染に悩まされていました。今では、環境基準を超えることはあまりありませんが、もっときれいな大気になるように努力するべきです。また、日本の高い対策技術による国際貢献もどんどん進めないとならないです。
■日本にできる努力はする!
――日本の努力はまだ足りないのでしょうか。
鶴田研究員 大気中のPM2.5の連続測定は、日本の各自治体で平成24年度から正式に開始されたばかりです。
環境省による専門家会合では、
「今年(2013年)3月から5月にかけて、注意喚起基準の日平均値(1立方メートル当たり70μg)を超えた日数は、九州を中心とした西日本で7日あり、主に越境汚染の影響と推定されるが、より詳細な原因究明が必要である」、と報告されています。
そして、
「PM2.5の日平均値が環境基準(1立方メートル当たり35μg)を超える割合は、月によっては10%もあり、西日本だけでなく東日本でも、また、冬だけでなく夏にも起こっているので、越境汚染だけでなく、他の原因も把握する必要がある」
とも報告されています。
また、「光化学スモッグの発生回数は、最近は以前よりも減ってきているが、その主な原因物質であるオゾン濃度の年平均値は少しずつだが増加している」という、環境省による検討会の報告もあります。
――予断を許さない状況ですね。
鶴田研究員 日本は高度成長期から今まで、大気汚染を克服するためにいろいろな努力をしてきました。そして、ずいぶん空気がきれいになったと思っていたのです。
しかし、越境汚染の影響が少ないと思われる夏の東日本でも、光化学大気汚染によると推定される、「PM2.5が日平均値の環境基準を超える日」もあるのです。引き続き、大気汚染を監視し、なぜそうなのか原因を究明して、その対策を具体的に推し進めていく必要があります。
中島教授 COP(気候変動枠組条約締約国会議)もなんだかうまく働かないし、それでもできる努力はしていかないといけないですからね。そのために日本も参加して、世界の大気汚染物質を減らすための「気候と大気清浄化に関する国際枠組み(Climate and Clean Air Coalition:CCAC)」が2012年に始動しました。
日本でも、『S-12』という5年がかりの環境省の環境研究総合推進費による戦略研究プロジェクトが始まるのですが、これはアジア等での大気の汚染状態をよく分析して、その気候影響と健康被害などの環境影響に対する有効な削減・適応策を探そうというものです。
いかがだったでしょうか。
PM2.5対策はこの冬からが本番です。
というのは、冬の方が空気が重くなり、汚染物質が拡散しにくくたまりやすくなるからだそうです。また、年が明けると黄砂の季節です。大陸からの汚染物質や黄砂がやって来ます。空気清浄機を導入するのが良いかもしれませんよ!
<<微小粒子状物質(PM2.5)の環境基準に関する注釈>>
*……日本の「環境基本法」(1993年施行)に基づいて、環境省は2009年(平成21年)9月に環境基準を告示しています。
微小粒子状物質(PM2.5)における環境基準は、「1年平均値が1立方メートル当たり15μg(マイクログラム)以下で、かつ、1日平均値が1立方メートル当たり35μg以下であること」です。
さらに環境省は、2013年(平成25年)2月に、健康影響が出現する可能性が高くなると予測される濃度水準を、法令等に基づかない「注意喚起のための暫定的な指針となる値」として定めました。
それによると、「1日平均値が1立方メートル当たり70μg(マイクログラム)を、注意喚起の基準」とし、一日の早めの時間帯に判断する値として1時間値が1立方メートル当たり85μgとしています。
(高橋モータース@dcp)
http://news.goo.ne.jp/article/freshers/bizskills/healthcare/fresherscol201401post-550.html