ドーンという音で目が覚めた。2階で寝ていたベッドが斜めに傾いていた。福島県二本松市の山間部に住む畜産農家、大内秋吉さん(63)宅は8月5日、付近を襲った土石流やがけ崩れで裏山が幅20メートルにわたって崩壊し、2階建ての1階部分が押しつぶされた。
「ものすごい水と土砂が押し寄せ、一気にバシャーンときた。ライサマ(雷様)が落ちたかと思った。1階で寝ていたら、もうこの世にいなかった」
その日は夕方から雨が降り続いていた。気象庁のレーダー解析によると、二本松市付近で午後8時までの1時間に約110ミリの猛烈な雨が降ったとみられ、同庁は「記録的短時間大雨情報」を発表した。土砂災害が起きたのはその直後だった。
現場一帯は、これまで豪雨被害をほとんど受けたことがなかった。県も大内さん宅周辺を「土砂災害危険箇所」としていなかった。
「祖父の代から100年くらい住んでいて、こんなことは初めてだった。まさか自分がこうなるなんて」
大内さんは現在、東京電力福島第1原発事故で浪江町民が避難生活を送る二本松市内のプレハブ仮設住宅で、空室に入居している。
◆「危険」52万カ所
今回、土砂災害に見舞われた伊豆大島の東京都大島町は、三原山の噴火を教訓に噴火対策は万全だった。だが、土石流の前にはひとたまりもなかった。
土砂災害対策は全国的に遅れている。国土交通省によると、全国の危険箇所は52万5307カ所。このうち5戸以上の人家があり対策が必要な場所は21万4363カ所に上る。大内さん宅のように、危険箇所から漏れた場所も多いとみられる。
国交省は対策が必要な21万カ所について、土石流を防ぐ砂防ダムなどハード対策を進めているが、整備率は平成22年3月時点で2割程度。同省砂防計画課は「必要な場所が膨大でなかなか進んでいない」と話す。
21年7月の中国・九州北部豪雨では、山口県防府市の特別養護老人ホームが土石流の直撃を受け、お年寄り7人が犠牲になった。国交省が調べたところ、土砂災害の危険がある場所にある老人福祉施設や病院は全国で1万3730施設。このうちハード対策が整備されていたのは3598施設と、3割に満たなかった。
◆進まぬ区域指定
「ハード対策が進んでいない以上、避難情報の伝達や避難態勢の確立などソフト面を強化するほかない」
NPO法人「防災情報機構」の伊藤和明会長はこう指摘する。だが、52万カ所ある危険箇所のうち、土砂災害防止法に基づき警戒区域や特別警戒区域に指定されたのは9月末時点で31万5692カ所。法制定から12年で6割にすぎない。
区域指定に基づき市町村が作成する避難経路の「ハザードマップ」も、区域指定された全国1141市町村のうち、作成済みは3月末時点で613市町村と半数余りにとどまる。区域指定が遅れていた大島町も、作成していなかった。
会計検査院が23年、前年度までの区域指定について19道府県を抽出検査したところ、2万3524カ所で調査後2年以上たっても指定が行われていないなど遅れが浮き彫りとなった。35カ所ではその間、実際に土砂災害が起きていた。
国交省によると、住民説明会で「指定されると地価が下がる」などと住民が根拠なく反対し、指定が見送られた例もあるという。
◆「身近な災害に」
土砂災害はさまざまな原因で発生し、今回のように火山灰の地盤が豪雨で崩壊する例のほか、地震の揺れで崩れる場合もある。宅地開発で危険な場所に住宅や施設が増えたことも一因だ。伊藤さんは「局地的豪雨がこれだけ頻発する中、どこにでも起こりうる身近な災害であることをもっと認識すべきだ」と話す。
東日本大震災を受け防災・減災という「国土強靱(きょうじん)化」を掲げる政府にとって「大島の教訓」は重い。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/snk20131024521.html