がん治療 戸惑う家族ら
慶応大病院放射線科講師、近藤誠さん(64)の『医者に殺されない47の心得』(アスコム)が100万部を突破した。7000通を超す読者はがきからは、現代医療に戸惑う患者や家族の姿が浮かびあがる。(鈴木敦秋)
患者の心置き去り
<がんで入院した70歳代の父が「家にいたい」と願ったのに、「医者の言うことを聞け」と叱りつけてしまった。父は過剰な抗がん剤に苦しみ、1か月後に病院で亡くなった。悔やんでも悔やみきれない>(40歳代男性)
<86歳の母が胃がんで亡くなった。5年間、緩和治療だけで過ごし、苦しまずに最期を迎えた。それでも、「手術すればよかったか」と悩み続けた。本を読んで「私は間違っていなかった」と涙が出た>(60歳代女性)
読者からのはがきには、「私が」「私の父が」と、体験がびっしりと書き込まれている。多くが、治療の選択を巡る迷いや後悔だ。
「医師は患者の人生を考えてくれているのか」「手術や腫瘍を小さくすることにしか関心がないのでは」など、患者の気持ちや意思を置き去りにした治療への疑問も多い。「場合によっては、治療をしないことで、苦しまず、寿命も延びる可能性があることを知り、勇気づけられた」と、近藤さんが示す、がん放置療法という選択肢に驚き、感謝する感想も目立つ。
こうした患者側の心情を理解する医療関係者からのはがきも少なくない。
陽子線治療など高額の最先端治療を受けられるようにと、がん保険に入っても、がんへの恐怖心は消えない。医師とのコミュニケーション不足が不安で、過剰になりがちな治療は「何だかおかしい」と感じる。本やネットに医療情報はあふれるが、誰を信じればよいか分からない。本心では、「死」よりも「よりよく生きる」ことだけを考えたい――。
そんな思いを持つ患者や家族は、「医者に殺されない」というタイトルを、扇情的ではなく、身近な問題として受け止めたようだ。
「医療に対する過信と不信が同居する時代になった。がんをたたく手段にばかり目がいき、患者の生活は二の次という治療を批判した近藤さんの20年来の主張に、ようやく社会の感覚が追いついてきた」と、社会と医療の関係に詳しい医師の粂和彦・名古屋市大薬学部教授は指摘する。
本書は、昨年12月刊行。抗がん剤治療やがん手術の“害”の話に加え、「『老化現象ですよ』と言う医者は信用できる」「一度に3種類以上の薬を出す医者を信用するな」など、医者選びのコツや医療の受け方を具体的に解説した。
出版社によると、刊行当初、中核になった読者は50~70歳代の女性。一人が10冊購入し、「良書だから」と知人に配る形で人気が広がった。購読者は12歳から90歳代と幅広く、9割は本書で初めて近藤さんを知ったという。
近藤さんは4月から、東京・渋谷でがんのセカンドオピニオン外来を始め、すでに1100人から相談を受けた。「どんな医療を受けたいのか、患者がもっと主体的に考えるべきだ。この本をそのきっかけにしてほしい」と語る。
こんどう・まこと 東京都生まれ。現在では一般的になった乳がんの乳房温存療法のパイオニア。『患者よ、がんと闘うな』『抗がん剤は効かない』『がん放置療法のすすめ―患者150人の証言』など著作活動の功績とあわせ、昨年、第60回菊池寛賞を受賞。がん治療に関する見解を巡っては、医療界で論争が続いている。
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