今年元気に106歳の誕生日を迎えた曻地三郎さん、100歳を期して始めた世界一周講演旅行は今年で6回目、これまでに25カ国以上の国を訪れた。101歳の時にブラジルを訪問した時には、これまでに学んだ英語、ドイツ語、ロシア語、中国語、韓国語に加え家庭教師をつけてポルトガル語を学んだ。100歳を超えてから、好奇心や向上心、チャレンジ精神が益々旺盛になった。そんな曻地さんの長生きの秘訣は、「常に夢をもって努力すること」、「影なる努力によって、健康が保持される」をモットーにしている。
しかし意外にも、曻地さんは子供の頃は体が弱く風邪を引いて学校を休む事も多かった。そんな曻地さんが3歳になった時、母親が「一口に30回噛みなさい」と教えてくれた。曻地さんはその母親の教えを102年間、実践し続けている。おかゆでも塩こぶでも、何でも口に入る食べ物は30回噛むように心がけている。
兄弟の中で曻地さんだけ食事に時間がかかるので、食卓の上に置かれた食事は他の兄弟に先に食べられてしまった。結果的にカロリー制限を実践する事になった曻地さんは長生きして、沢山食べていた兄弟は先に亡くなった。
最近の研究で、咀嚼には唾液分泌が増し消化吸収が良くなる効果、虫歯や歯周病の予防効果、ダイエット効果が期待されるばかりでなく、脳の血流が増加し脳が活性化される効果があることが分った。
咀嚼をしながらMRI検査を行うと、若い人の場合は咀嚼筋を動かしている脳の運動野だけが活性化されているが、高齢者のMRIは運動野だけでなく、前頭葉や側頭様が活性化されることが明らかとなった。
つまり、咀嚼は脳のアンチエイジングにつながっていたのだ。実際、今でも曻地さんは若者の様な記憶力で、最近撮影した脳MRIでも海馬の萎縮が全く認められなかった。海馬は短期記憶を司る領域で、アルツハイマー病や加齢性の健忘症で最も萎縮が顕著に観察される部分である。
ドイツ、ドレスデンの再生治療センターのゲルト・ケンパーマン博士は、ネズミを使った実験で海馬の神経細胞と生活環境の関係を明らかにした。遊び道具を入れた豊かな飼育環境で育った中高年のネズミは、遊び道具のない貧しい環境で育った中高年のネズミに比べ、5倍もの神経細胞が海馬で新しく誕生していることを発見した。咀嚼や好奇心、チャレンジ精神などがいつまでもボケない脳を作っているメカニズムが明らかにされつつある。
咀嚼により満腹中枢が刺激されることも最近明らかになった。硬い餌と軟らかい餌を使い、ネズミの摂食行動を観察すると、硬い餌を食べたネズミは軟らかい餌を食べたネズミに比べ、1回の食事時間が長く、食べる量が少なく、咀嚼により満腹中枢が刺激されることが分った。ヒトの場合は咀嚼を始めて満腹中枢が刺激されるまで20分程度かかるので、1口30回の咀嚼で30分かけて食事すれば、満腹中枢が刺激され、30分の脳のアンチエイジングを実践できる。これを、ボケないための30のルールとして推奨したい。
■白澤卓二(しらさわ・たくじ) 1958年神奈川県生まれ。1982年千葉大学医学部卒業後、呼吸器内科に入局。1990年同大大学院医学研究科博士課程修了、医学博士。東京都老人総合研究所病理部門研究員、同神経生理部門室長、分子老化研究グループリーダー、老化ゲノムバイオマーカー研究チームリーダーを経て2007年より順天堂大学大学院医学研究科加齢制御医学講座教授。日本テレビ系「世界一受けたい授業」など多数の番組に出演中。著書は「100歳までボケない101の方法」など100冊を超える。グロービア(http://www.glovia.net/)でも連載中。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/snk20131016517.html