子供を持つ母親なら例えば「ケンちゃんのお母さん」というように、「お母さん」の前に自分の子供の名前を付けた呼び名で呼ばれることがあるだろう。 でも、ママ友たちも直接「ケンちゃんのお母さん」に向かって話しをするときには、だいたい普通に苗字や名前で呼ぶんじゃないだろうか。
ところが、「ケンちゃんのお母さん」が子供を持つお母さんの一般的な呼び名だという国がある。エジプト(エジプト・アラブ共和国)だ。
そう教えてくれたのは東京・西麻布のエジプト・アラビア料理店「ネフェルティティ東京」のオーナー、河本イマドさん。地中海に面したエジプト北部の都市アレクサンドリア出身で在日28年。今では帰化し、「顔はエジプト人、心は日本人」と語るイマドさんだが、同レストランでは本場エジプトの味にこだわった料理を出す。
「オムというのはアラビア語で母という意味で、子どもが何人いてもお母さんは長男の名前を付けて呼ばれるんです」。例えば、イマドさんのお母さんなら「オム・イマド」というわけ。日本では昔に比べ長男の権威が薄らいでしまった感があるが、エジプトでは長男は子供たちの中でも特別な存在なのだ。
「ケンちゃんのお母さん」はどちらかというと便宜的な呼び名ではないかと思うが、「オム・イマド」は尊敬を込めた呼び名だそう。特に親類縁者や友人の間でこの呼び名が使われるが、「親しい間柄でなくても失礼にはなりません。お母さんたちはこう呼ばれると喜ぶんですよ」と言う。ちなみに、子供が女の子だけの場合は長女の名前を付け呼ばれるそうだ。
そのイマドさんが、エジプトで最も親しまれているお菓子の一つと教えてくれたのが、「オム・アリ」。「アリのお母さん」と呼ばれるお菓子だ。
作り方はこうだ。パフパイの生地(ふくらむパイ生地)の生地をオーブンで焼いた後、細かく砕いて容器に敷き、その間に砕いたナッツ類や干しブドウなどを入れて、ミルクと生クリームを合わせ温めたものを上から注ぐ。これをまたオーブンで焼いたら出来上がり。ミルクの代わりにココナッツミルクを使うこともある。いわば「お菓子のグラタン」のようなものだ。
「フルーツなど冷蔵庫に残っているものを色々入れたりするんです。簡単にできるので、家庭の大定番菓子なんですよ」とイマドさん。乳製品やナッツを使ったお菓子なので栄養も満点。「温かいお菓子で子供も大人も大好き。僕はサッカーをしていたんですが、試合の前にオム・アリを食べるとすごく元気が出たものです」。オム・アリ効果で勝利をものにしてきたのかも?
焼き立てのオム・アリが運ばれてくると、ぷーんと甘い香りが漂う。軟らかくなったパイ生地とナッツなどの食感が合わさって、ほっこり優しい味わい。 かなり控えめな甘さだったので美味しいと思いながらもあれっ?と思っていると、「デザートだけは日本の方の味覚に合わせているんです。本場の甘さはこの4倍ぐらいを想像してくださいね」とイマドさんは笑う。
メニューをのぞいていると、以前、このコラムで紹介したことがあるスポンジ菓子バスブーサやクナフェ(エジプトではコナファと呼ばれる)が並んでいた。「エジプトにはこうしたお菓子の専門店もあるんですよ」とイマドさん。
バスブーサは粗挽きのセモリナ粉を使ったケーキでハチミツやシロップに浸ししっとりとさせている。中にはアーモンドやクルミ、ドライフルーツが入ったものもあり、数十種もの商品を置いているお店もあるそうだ。
「オム・アリは家庭のお菓子だけれど、バスブーサはお店で買うことがほとんど。人の家を訪問するときの手土産にすることも多く、1度に1キロぐらいのバスブーサを買ったりするんです」
一方、カダイフ(小麦粉を使った極細麺状の食材)を使ったお菓子であるコナファは、ラマダンの時期、夕食後に食べるお菓子として欠かせないもので、家で作ることも多いそうだ。
「僕の出身地のアレクサンドリアには、全国からお客さんがやってくるバスブーサの有名店があるんです。19世紀創業の老舗で、ここでは出来立ての温かいスポンジ生地にサワークリームをトッピングして出してくれる。もう、本当に美味しくて、故郷に帰ると毎日のように食べるんですよ」とイマドさんは顔をほころばせる。
「エジプトのサワークリームは、酸味や苦味がないんです。だから甘いお菓子と相性がとてもいい」。このバスブーサのサワークリーム載せは「バスブーサ・エル・イシュター」(イシュターはサワークリームのこと)と呼ばれるそう。
ちなみに、イマドさんによればバスブーサという名前は「チューした(キスした)」という意味だそう。チューをするような口の形で、ひと口で食べちゃうという可愛らしい意味だ。
バスブーサをいただいてみた。ココナッツフレークがかかっており、甘味を抑えるためハチミツは控えめなので粗挽きの粉を使った生地の食感が引き立つ。コナファは澄ましバターでパリパリに焼いた香ばしい生地で、砕いたミックスナッツを挟んだものだった。軽い味わいだ。
コナファも専門店に行くと何十種もの商品を扱っているところがあるのだとか。焼き立てがベストだと言うが、専門店は日持ちするものを扱うのみで焼き立てはないそう。ベストは家庭の味、ということなのかも。
「マンゴーカスタードのコナファなどもありますね」と言うイマドさん。日本でも大人気のマンゴーを使ったスイーツと聞き「マンゴーのコナファですか」と 思わず繰り返すと、「マンゴーはエジプトには30ぐらいの種類があるんです。味が濃くて、ケーキやアイスクリームなどによく使われますよ」と言う。濃厚なマンゴーのアイスクリームは同地での人気フレーバーの一つだそう。
最後にイマドさんが紹介してくれたのは「ビリーラ」と呼ばれるデザートだ。お店のメニューにはないが、「デートのときに食べたりするんです」と聞き、興味津々。ミルク(ココナッツミルクを使ったりもする)の中に大豆などの豆類やココナッツなどを入れた温かいおしるこのような冬のデザートで、恋人たちは一皿を一緒につついたりするそう。
多くの国民が男女交際に厳しいイスラム教徒であるエジプトだが、こうしたカフェでのデートはOKなのだそうだ。海辺の都市アレクサンドリアで地中海を望むカフェはカップルの絶好デートスポット。そんな街でビリーラは、特にポピュラーなデザートの一つらしい。
ちなみにエジプトというと灼熱の国とのイメージがあるが、日本の約2.6倍という国土は地域によって気候が異なり、アレクサンドリアは温暖な地中海性気候。冬は肌寒い時もあるよう。
エジプトの都市というと内陸の首都カイロを思い浮かべがちだけれど、お菓子を通じてかの国の違った顔が垣間見えた気がします。
(文=メレンダ千春)
ネフェルティティ東京
住所:東京都港区西麻布3-1-20 Dear西麻布
電話:03-6844-8208
ホームページ:http://www.nefertititokyo.com
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