朝シフトを始めたきっかけは単純だ。いつも通勤で使っている電車が、朝のラッシュ時に2日連続で全線停止に。しばらくして動き始めたものの、待たされた通勤客が殺到して、とても乗る気になれなかった。帰宅してそのことを妻に話すと、「早起きしてみたら?」。それ以来、1日のサイクルを2~3時間早めて朝5時に起き、空いている電車で悠々と座りながら出社する生活を続けている。
むろん朝シフトのメリットはそれだけではない。自分でやってみてわかったのは、朝は生産性が飛躍的に高まるということだ。早起きの達人たちは口々に「朝の生産性は夜の残業の6倍」というが、私の実感も同じだ。夜3時間分の残業は、たいてい朝30分で片づいてしまう。
なぜ早起きして仕事をすると生産性が高まるのか。それを説明するには、時計の針を前日の午後まで巻き戻す必要がある。
一般的には、午後の時間を報告書や企画書作りなどのアウトプットにあてている人が多いはずだ。しかし、私は逆。午後はインプットの時間にして、とにかくたくさんの資料に目を通し、徹底的に考える。定時に会社を出るが、そのときには脳に情報が詰め込まれ、オーバーヒート寸前の状態だ。
帰宅後も、そのまま考え続けることは可能だ。しかし大切なのは、ここでいったん忘れることである。私は会社を1歩出たら仕事のことを忘れ、家族との会話や趣味を楽しみ、そのまま安らかな気持ちで夜11時には眠りにつくことにしている。
じつは生産性向上のためには、“忘れる時間”が欠かせない。忘れるといっても、その間、脳は何もしないわけではない。私たちが寝ている間にも、潜在意識は脳内の雑多な情報を整理して、組み合わせたりつなげたりしている。そのおかげで目覚めた後の朝のゴールデンタイムは、アイデアが生まれ落ちやすい状態になっている。忘れる時間を経たことで、前日には見えなかったものが見えてくるわけだ。
知的生産のパフォーマンスを高めるためにはほかにも条件がある。アイデアが浮かびかけたときに邪魔が入ると、思考が中断されて混乱し、潜在意識がしてくれた下準備が台なしになる。そのためアイデアの誕生を待つ時間は、なるべく邪魔の入らない時間帯がいい。
生産性を高める1日の時間サイクル
朝シフトは、「忘れる時間をたっぷり取れる」「アイデアの誕生を待つ間、静かに集中できる」という2つの条件を満たすことができる時間サイクルなのだ。それゆえ生産性も高まるのである。
また、6倍の生産性を手に入れることで、仕事以外の人生も充実してくる。私の場合、端的に変わったのは、家族と過ごす時間だ。もともと一緒にいたいから家族になったのに、残業ばかりしていた時代は一緒に過ごす時間を確保できずにいた。しかし、いまは7時すぎには帰宅して、ともに食卓を囲んでいる。家族と一緒に過ごすというあたりまえの幸せを、ようやく実感しているところだ。
ライフワークである写真や合唱にもよい影響が出た。写真や合唱の活動は週末中心だが、これまで平日に仕事が片づかず、土日も仕事で潰れるケースがあった。いまは週末に思う存分好きなことができている。
ライフワークの幅も広がった。私は「ビジネスパーソンはもっと積極的に社外に情報発信すべき」とつねづね考えており、アイティメディアのオルタナティブ・ブログでブログを書いている。朝時間や休日を活用し、本も4冊執筆した。
これらを実践できるようになったのも、朝シフトで効率的に仕事を処理し、ライフワークの時間を確保したからだ。
隔週で開催している早朝勉強会「朝カフェ次世代研究会」も、新しいライフワークの1つだ。ブロガー仲間との早起き自慢がきっかけで始まった勉強会だが、インフルエンサー(カリスマ的にまわりに影響を与える人)が大勢参加してくれるため、私も毎回、刺激を受けている。会のスタートは朝6時半。人によっては始発に乗らないと間に合わない開始時刻だが、出席率は95%以上で、遅刻者はほとんどいない。自分へのコミットメントが強い方が多く参加してくださっているということを実感している。
自分の時間をバランスよく配分できるようになってから気づいたことがある。これまで「ライフ」と「ワーク」は水と油だと考えていたが、それぞれは、じつは相通じる部分が多いのだ。たとえばブログや本の執筆は、読者に提供する価値を徹底的に考え、全体としてストーリーが浮かび上がるように構成する力が必要になる。写真や合唱でも同様だ。このとき求められる構成力は、仕事の企画力とほとんど同じだ。
この気づきは大きかった。ライフとワークは時間を奪い合うものだと考えていた時期は、多忙になると「あっちの時間が足りない」と焦りが募った。しかし、お互いに根っこでつながっているとわかってからは、忙しくても汲々(きゅうきゅう)としなくなった。
私の朝シフトが成功したのは妻の協力も大きい。私は体質上の問題でお弁当を持参しているが、妻は先に起きてお弁当の用意をしてくれる。家族のサポートがなければ早起きを続けることは難しかったに違いない。
サラリーマンにとって最大の障壁となるのは、定時退社を許さない職場の空気かもしれない。私が勤務していた日本IBMでも、夜遅くまで頑張る社員は多かった。しかし私の場合、報・連・相をこまめに行っていることもあり、これまでついた上司はすべて、定時退社しても嫌な顔をすることがなかった。
これは外資系だからではなく、おそらく他の会社も同じではないだろうか。部下の仕事の進捗状況がわからないと、上司は部下の退社時間が早いのを不安に思うものだ。自分の仕事を「見える化」して周囲の不安を取り除けば、まわりの協力も得やすいはずだ。
最後にとっておきのコツを伝授しよう。それは無理をしないことだ。私もときには疲れが溜まり、布団から出たくなくなる朝がある。そこで過度な無理をすると朝シフトが苦痛になり、長続きしない。疲れを感じたら、たまには朝寝坊をしてギリギリに出社する。それくらいの心のゆとりは必要だ。
朝シフトはそれ自体が目的でなく、幸せな人生を生きるための手段にすぎない。そう考えれば、肩の力を抜いて朝生活を楽しめるのではないだろうか。
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