匿名掲示板であるはずの「2ちゃんねる」に書き込んでいたユーザーの個人情報が流出した。これにより、あるライトノベル作家は、同業者などを誹謗中傷する書き込みをしていたことがバレて、公式サイトで謝罪するはめになった。
この作家は今回、故意に誹謗中傷の書き込みをしたことを認めており、場合によっては名誉毀損で訴えられる可能性もある。ただ、現実的には、身元がバレなければ、そんな事態に追い込まれることもなかっただろう。
そこで、この作家は、情報を流出させた運営側を訴えて、損害賠償を請求することができるのだろうか。ネット上での情報の取り扱いにくわしい清水陽平弁護士に話を聞いた。
●「誹謗中傷した人」が法的保護を受けることは難しい
「誹謗中傷をしていたことが明らかになったということを理由に、損害賠償請求をすることは難しいと思います。自ら不法な行為をしていた以上、その者を保護するべき必要が乏しく、また、そもそもどういった権利が侵害されたのかということも必ずしも明らかでないからです」
――確かに、そういった発言をした責任は、あくまで本人がとるべきだろう。そう考えると、今回の運営側の責任は?
「運営側がクレジットカードの情報を含む個人情報を流出させたということ自体は問題です。その件については、情報流出元に対して損害賠償請求をすることは可能です。
ただし、誤解している方が多いようですが、今回情報を流出させてしまったのは、2ちゃんねるの管理者ではなく、2ちゃんねるビューアの「●」を発行していたN.T.Technologyですから、あくまで同社に対する賠償請求ということになります」
――どんな「損害」が認められる?
「まずは、財産的損害です。これはカード情報を悪用されたとか、迷惑メールが増えたなどの二次被害を受けた場合に発生します。
もう一つが精神的損害で、いわゆる『慰謝料』に関わる部分です」
●慰謝料の金額は「想像よりもずっと少ない」
――どれぐらいの金額になる?
「慰謝料の『額』が気になるところだと思いますが、これは皆さんが想像されるよりもずっと少ないと思います」
――たとえばどれぐらい?
「過去のケースを見てみましょう。
宇治市住民基本台帳データ漏洩事件(大阪高裁平成13年12月25日判決)で認められた慰謝料は1万5000円でした。この事件で流出したのは、個人連番の住民番号、住所、氏名、性別、生年月日、転入日、転出先、世帯主名、世帯主との続柄等の情報です。
また、情報流出とは少々異なりますが、大学が警察に学籍番号、住所、氏名、電話番号などが記載されている名簿を提供したことが問題となった早稲田大学名簿提供事件(最高裁第2小法廷平成15年9月12日判決)では、1万円の慰謝料が認められています」
――それだけ流出して、たったの1万円!?
「もう少し高い、3万円の慰謝料が認められたケースもあります。エステティックホームページ個人情報流出事件(東京高裁平成19年8月28日判決)です。この件では、氏名、住所、電話番号のほか、関心を持っているコースについての情報が流出しました」
――なぜこれは少し高かった?
「どのようなコースに関心を持っていたのかということから、どのような身体的な悩みがあったのかが推測できるわけですが、身体に関する情報は秘匿すべき必要が高く、強い法的保護に値するということで、通常よりも高い慰謝料が認定されたと評されています。
このような判例から見ていくと、本件の慰謝料は1万円程度ということになるのではないかと思います。なお、カードの不正利用などの財産的損害の賠償額は、慰謝料とは別計算になります。不正利用分については、カード会社が補填することも多いでしょうが、仮に補填されないケースでも、相当因果関係の範囲で損害が認められる余地があります」
今回の個人情報流出事件では、ネット上の「匿名」が盤石ではないことが、改めて浮き彫りになった。発言は責任を伴う……そのことをもう一度、心に刻む良い機会だと言えそうだ。
(弁護士ドットコム トピックス)
http://news.goo.ne.jp/article/bengoshi/life/bengoshi-topics-739.html