現代社会で多くの人が抱える病のひとつに、うつ病がある。うつ病は、社会に理解してもらうことが難しい病気とされている。そのため、うつ病を患った人たちのその後は、実はあまり知られていない。そこで、自らもうつ病でありながら、うつ病からの社会復帰を果たした人たちにインタビューをした著書『ゆううつ部!』(ポプラ社)を6月に上梓した東藤泰宏氏に、うつ病からの社会復帰の現状と問題点を聞いた。
――『ゆううつ部!』はポプラ社のウェブサイト「ポプラビーチ」で連載してきたものをまとめたものですが、連載を始めたきっかけは、なんだったのですか?
東藤泰宏(以下、東藤) 自分がうつ病を患って5年目になります。うつ病になってから、うつ病の人に必要とされることをやろうと思い立ちました。そこで、インターネットで認知行動療法(物事の受け取り方や考え方といった「認知」に働きかけて、気持ちを楽にする心理療法の一種)が受けられるサービスを提供する株式会社U2plusを立ち上げて、運営しています。でも、それだけでは足りないと思っていました。特に、うつ病から回復した事例が、あまりにも患者に知られていないという問題意識がありました。
出版社へのコネは一切なかったのですが、大野更紗さんの『困ってるひと』を読み、一般向けのカジュアルな闘病ものというのがとてもいいなと思って、出版社を調べてみました。『困ってるひと』が連載されていたポプラビーチというサイトがあったので、問い合わせのページにメールを送ったんです。返事をもらって、編集の方と話をして連載が決まりました。
――東藤さんの著作は、うつ病を克服した人たちとの対談形式で構成されていますが、なぜ対談にしたんですか?
東藤 その人の声が伝わってくる形が、一番読んだ人に響くのかなと。編集の方とも相談したのですが、最終的には僕が決めました。一人ひとり、語り口は違いますよね。同じ質問をしても、答えの内容と量もそれぞれ違う。この本の目的は、読んだうつ病の人に「自分も回復できるんだ」と思ってもらうことなので、リアリティが必要だと思いました。何より、対談形式って読みやすいですし。
――さまざまな経歴を持つ、うつ病からの社会復帰経験者にインタビューした上で、うつ病からの「社会復帰」は可能だと思われますか? 可能だとしたら、一番必要なものはなんなのでしょうか?
東藤 うつ病からの社会復帰は、よい環境に恵まれるか、自分で探すかで可能になるという印象です。この本は、さまざまな場所で働いている9人のうつ病経験者へのインタビューを掲載していますが、実際には12人にインタビューをしました。彼らに共通しているのは、理解してもらえる環境づくりが復帰を助けたということです。会社員の人が転職して業界を変えたり、同じ会社内の違う部署に異動したりして、自分のうつを理解してくれる場所を探し出したわけです。中には起業された方もいました。
とにかく一番必要なことは「受け入れてもらえる場所が必ずある」と信じ続けることだと思います。「会社が受け入れてくれる」かどうかは「絶対」とは言えないですが、受け入れてくれる場所は社会に必ずある。そこに出会うためには、さまざまなチャレンジを続けることが大切なのかなと思います。
――完全回復、つまり再出発するということは、自分の居場所を見つけるということなんですね。しかし、そんな新しい居場所でうつが再発することもあるのではありませんか?
東藤 はい、うつ病は再発率が高い病気といわれています。環境的にストレスフルになってきたりして再発することがあります。それでも一回経験していると対処はしやすいのではないでしょうか。
1回目は「なんだこれ!?」と、てんやわんやする間に症状が悪化していくケースが多いと思うんですけど、2回目はすぐに病院へ行ってリラックスできる時間をつくって……という感じで対処の方法はわかっている。休める環境を整えられるかはまた別ですし、大変なのは変わらないですけど。
●うつ病の実情と、それを取り巻く環境から見えてきた問題点
――うつ病をめぐる実情についても、いくつかお聞きしたいと思います。そもそも、うつ病になった人は「復帰」が必要なほど社会から脱落していくものなんでしょうか?
東藤 脱落というか、自分の存在が社会の中でブレていって、最終的には社会から離脱して自分の居場所を失ってしまったと感じる。そう思ってしまうのは、一般的なうつ病の症状だと思います。孤独と自責という感情を抱えながら、常に社会復帰したいと思っているのですが、同時に「もう戻ることができない」というあきらめもあります。組織に所属している、していないにかかわらず、この感情は抱きやすいのではないでしょうか。
――著作の『ゆううつ部!』の中に、何度も出てくるキーワードとして「カミングアウト」という言葉がありますね。そもそも、社会から脱落した感覚にある状態で、自分がうつ病であると周囲に伝えることは必要なのでしょうか? 場合によっては、自分から大きなハードルをつくることになりませんか?
東藤 ものすごくセンシティブな問題であることはわかった上で、早めにカミングアウトしたほうがいいと思います。というのは、カミングアウトしないでいると、周りの人が全員敵に見えてしまうからです。
言って拒絶されるかもしれないけど、受け入れてくれる可能性だってある。たった一人でも受け入れてくれる人を作るために、カミングアウトは早めにしたほうがいいと思います。と言っている僕も、カミングアウトのたびに泣いていたので、ハードルが高いのはよくわかるのですが。
――東藤さんが出会ってきたうつ病経験者は、社会復帰を果たしたとは思えないほど追い込まれた時期があって、中にはカミングアウトと自己否定をセットにして「こんな自分はダメだ」と、さらに自分を追い込んだ人もいます。うつ病とは、そういうものなのでしょうか?
東藤 それこそが、うつ病なのではないでしょうか。自分を責めるのが代表的な症状のひとつなので、仮に会社に原因があっても、最初は会社のせいだと思えない。僕は、うつ病に罹患した会社員時代は、終電までルーティーンワークをやって、残りの仕事を終電後か土日にやっていました。それもバイトより安い給料で。「土日のどちらかだけでも休みたいな」と思いながら働いていたら、うつ病になってしまったのですが、「なんて自分はダメなんだ」と思って、さらに追い込んでいました。今は「あの会社が悪い!」と思います(笑)。
――さまざまなうつ病経験者に会ってきた東藤さんが考える、“うつ病になりやすいタイプ”というのはありますか?
東藤 僕は基本的に、責任感や能力のある優秀な方が、うつ病になるような気がしています。『ゆううつ部!』に登場してくれた対談相手の一人で元ギャルの子がいるのですが、彼女も「ちゃんとコミュニケーションを取らなきゃという、変なプレッシャーを感じていた」と言っています。真面目で、全体を分析的に見ることができる人なんだなと思います。あとは「自分はうつ病にならない」と思っている方。ストレスを軽減しようとせずに、正面から向かい合ってしまうので危険だと思います。
――この記事を読む人の中には「自分も、うつ病かもしれない」と思っている人も多いと思うのですが、初期段階にこうしておけばよかったということはありますか?
東藤 なるべく早く病院に行くべきだったと思います。初診は心療内科でも大学病院でも曜日が決まっていて、診察の枠が埋まっていることが多いです。僕は過労でうつ病になったんですけど、最初の病院は初診まで2~3週間待たなければいけなくて、その間、うつ病のまま徹夜で残業していて、大変きつい思いをしました。どこでもいいから早く診てくれるところを探せばよかった。病院は、早く行くに越したことはないと思います。
――現代社会では「自分はダメなんだ」と追い込まれている人が少なくないはずです。もし、うつ病の症状が発症した場合、治療することは可能なのでしょうか?
東藤 通院すれば、医者が治してくれると思っている人も多いかもしれませんが、休養と通院だけでは、元の70~80%までしか回復しないのではないでしょうか。徐々に回復していったとして、100%元通り働いたり家事ができるかというと、できないケースの方が多いと思います。これには、うつ病特有の目に見えない病であることが関係しています。
例えば足を骨折したとき。ギプスをして松葉杖をつけば外には出られるけど、そこから歩いたり走ったりしていく過程には、自分の頑張りと周囲の理解が必要ですよね。少なくとも「ジョギングしなさい」とは言われない。ところが、心につけたギプスは見えないので、「8割程度回復した、ギプスの取れかけた状態」だったとしても、周囲にわかってもらえない。職場からは「走れるでしょ?」と思われてしまう。
――周りにいる人は、うつ病の人に対して、どう接すればよいのかについても教えていただけますか?
東藤 普通に接してもらって、その上で「これは大丈夫?」と聞いてもらえると楽ですね。以前とあまりに態度が違うと、うつ病の人が「自分はもう昔の自分ではなくなってしまったんだ」と思ってしまうので、従来と同じように接しつつ、キツイかな? と思えるときは、その都度質問するくらいでいいと思います。ポプラビーチで連載していた時も、担当編集者さんは全然特別扱いしてくれなかったけど、なんとか大丈夫でした(笑)。
一緒に出かけるのであれば、うつ病の人の「休憩」は「眠りに落ちるくらいリラックスする」であって、「お茶しておしゃべり」ではないということを知ってもらえれば助かります。そんなわけで、体力面だけ配慮してもらえればいいと思います。
あとは「話を全部聞くよ」というよりは、「1日に1時間なら話を聞くけど、それを過ぎたら自分のことをするからね」と具体的にはっきりルールを決めるほうが、消耗せずに付き合いやすいと思います。
――うつ病になって失ったものはなんですか?
東藤 失ったものはいろいろありますね……。体力、集中力……意識を失ったことがあるので運転もできない……。
――反対に、回復していく過程で得たものを教えてください。
東藤 「こうあるべき」という考え方がまるっきりなくなって、いろいろな選択肢を考えるようになりましたね。かなり柔軟になったと思います。
また、自分のセンスや判断力はどういう状況でも失われない、ということは自信になります。そういう能力を使う仕事ならば、できると思えるわけです。残ったものこそが自分の核であって、そういうところは揺るがないんだと感じました。
――最後に、現在、うつ病に直面している人に向けてのメッセージをお願いします。
東藤 無理せず、ゆっくりいきましょう。きっと社会に居場所はありますから。
丸山佑介
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20130810-00010003-bjournal-bus_all