日本の企業幹部は、往々にして自己変革にトライしたがらないが、欧米ではエグゼクティブ専門のコーチングはもはやスタンダード。その内容とはどんなものか。2人の実例をもとにご紹介しよう。
■日本のリーダーも悪癖を正し、成長すべき
なんとしても世界で勝てる日本人のリーダーを育てたい! そんな思いに駆られて外資系企業の社長を辞し、プロのエグゼクティブ・コーチとして独立したのは昨年1月のことである。
以来、1年ほどの間に35人のエグゼクティブ、管理職をコーチする機会を得て、改めてコーチングの威力を実感することになった。なぜなら、私がコーチしたエグゼクティブのうち実に7人が昇格し、業績を25%も伸ばす人まで出現したからである。
私のコーチング手法は、GEの元CEOジャック・ウェルチ氏をコーチしたことで知られる世界的なエグゼクティブ・コーチ、マーシャル・ゴールドスミス博士(今年も7月に来日)の直伝とビジネスコーチ社のコーチングスクールで学んだものだ。マーシャル氏のコーチングには7つのステップがあり(表)、最初に360度サーベイを行うのが特徴だ。私自身が、クライアントの上司、部下、同僚にクライアントの評価をインタビューする。
このサーベイの結果は、クライアントにとって衝撃的なものである場合が多い。私自身も経験があるが、「こんなふうに思われていたなんて! 」という信じられないコメントのオンパレードである。そしてたいていのクライアントは、結果と自己像とのギャップを素直に受容することができない。しかもこの傾向は、パフォーマンスの高いビジネス・パーソンほど強い。
マーシャル氏は仕事ができるエグゼクティブが持つ悪癖を20に分類しており、その中で最も多くのエグゼクティブに見られ、しかも最もタチが悪いのが「極度の負けず嫌い」であると指摘している。20の悪癖については拙著『世界基準-8つの動き』(ぜんにちパブリッシング、細川馨氏と共著)をお読みいただきたいが、エグゼクティブは多くの場合、極度の負けず嫌いだからこそエグゼクティブになれたのであり、そうであるがゆえに他者からの指摘に耳を傾けたがらないのである。
しかし、自身が持つ頑固な悪癖に気づき、絶えざる行動変革をしていかない限り、どんなに能力が高いエグゼクティブでもさらに高いレベルに上がっていくことはできないのである。
360度サーベイの結果を受け取り変えるべき悪癖をコーチと共有したら、コーチングは次のステップに進む。関係者全員に悪癖について謝罪をし、行動変革することを宣言するのである。
この2つのステップは、仕事のできるエグゼクティブにとって極めてハードルの高い課題である。部下の前で自分の欠点を認め、それを直すと誓うことは、自ら煮え湯を飲むような行為でありプライドの高いエグゼクティブほどやりたがらない。しかし、早い段階でこの2つのステップをクリアできた人ほど、行動変革のスピードが速いのだ。ここさえクリアしてしまえば、残りの4つは行動変革を習慣化するためのハウツーだから、コーチングは7割方成功したようなものである。
では、謝罪と公言をクリアできる人とできない人の違いはどこにあるかといえば、それは、覚悟の深さにある。本気で変わろうと思っている人ならばクリアできるが、会社からコーチングを受けろと命じられて、「なぜ自分が受けなくてはならないのか? 」と半信半疑の気持ちでいる程度の人は、なかなかクリアすることができない。
後者は、会社がなぜそれなりの費用をかけてエグゼクティブにコーチングを受けさせるかを理解していない場合が多い。問題があるから受けさせるのではなく、期待しているからこそ受けさせるのである。
■自分の欠点と向き合うことで、高い成果を得る
以下、私のクライアントの中から2人の方に了解を得て、エグゼクティブ・コーチングの実例をご紹介したい。まず、最初のクライアントはフランス系医薬品会社・ガルデルマの日本法人責任者(実質的な日本支社長)を務める藤井光子さんである。
ガルデルマ社は昨年、今後10年で事業規模を7倍に拡大するという長期計画を打ち出すと同時に、グローバルに社員の意識調査を行っている。日本支社の結果は、「社員の意欲は極めて高いものの、多くの社員が成長計画に巻き込まれていないと感じている」という厳しいものであった。藤井さんが言う。
「私は人をぐいぐい引っ張っていくタイプのリーダーで、何でも自分でやってしまう。だから部下を活かし切れていないのではないかと思いました」
藤井さんは悩んだあげく、自費で私のエグゼクティブ・コーチングを受けることに決め、その旨を社内で公言した。会社から命じられたのではなく、自ら進んで受けようというのだから“覚悟の深さ”は十分である。
お会いしてみると、バイリンガルの藤井さんは、極めて頭の回転が速い人であることがわかった。英語並みのスピードで日本語を話し、時折、日本語の中に英単語が交ざる。話を次々に展開していくため、話題がどんどん変わっていく。
360度サーベイをやってみると案の定、藤井さんは温かみのある素晴らしい人間性の持ち主だが、いかんせん話し方についていけない部分があるという結果が出た。つまり、リーダーとしてのあり方以前に、「話し方」というテクニカルな部分で問題を抱えていることがわかったのである。
そこで藤井さん自ら、「ゆっくり話す」「ひとつのテーマで話を完結させる」「メッセージをシンプルにする」「話し終わったら5秒間のポーズ(沈黙)を入れる」といった具体的な行動変革の目標を立て、それらについて毎日、5段階で自己評価することを約束したのである。
藤井さんは当初、納得していなかったようだ。「私の思いが部下に伝わらないのは私の人間力やフィロソフィーの問題であって、話し方の問題などではないと思ったのです。でも、自己評価を実践していくうちに、実は、逆であることに気づきました。私から一方的に話すのではなく、部下が理解しやすいように話すことを意識していると、自然に部下の話を傾聴するようになるのです。そうやって、部下とダイアローグを重ねることによって、結果的に私のリーダーシップのあり方も変わっていくことに気づいたのです」。
こうして、部下との「関係の質」が改善されていくと、結果的にその組織は高い成果を挙げるようになる。反対に、リーダーが成果を挙げることだけに血道を上げていると、部下との関係の質が損なわれて、むしろ成果が挙がらなくなる場合が多い。
藤井さんは話し方の改善という一見テクニカルな問題が、実は「関係の質」の改善という組織にとって極めて重要な課題に繋がっていることに自力で気づかれたのである。「みんなが成功してハッピーになることが私の成功であるということを心より思っています」。
さて、もう1人のクライアントは、アミューズメント施設の企画・運営会社のナムコで、最年少役員(47歳)になった有賀英雄さんである。
有賀さんは10年前にすでにコーチングに出合い、主導権を相手に持たせながら会話をする手法の存在を知って衝撃を受け、その後も独学でコーチングを勉強してきた“コーチング通”。今回は役員昇進によって仕事量が急増したこともあり、1度、第三者によるエグゼクティブ・コーチングを受けたい、と会社に頼んで了承されたというから、藤井さん同様“覚悟の深さ”は十分である。
■「迷惑な上司」だったことを謝罪して、次のステップへ
まず、360度サーベイで出てきた最大の問題は、有賀さんがあまりにも忙しいために部下が気を使っているという問題であった。有賀さんが言う。
「部下のために最大限仕事をしてきたつもりなのですが、私が一所懸命働くことで、かえって部下に心配をさせていたという結果は衝撃的でした」
そこで有賀さんは、「自分なりに必死で働いてきたつもりだが、時間のことで気を使わせてしまって大変申し訳なかった」と、まずは部下に謝罪をした。そのうえで、何のスケジュールも入れずにデスクに座っている時間を勤務時間内に最低1時間はつくるべきだという私の提案を、実践に移した。
「これまでは勤務時間一杯、会議や打ち合わせを入れていたので、部下からの報告はその後に受けていました。部下にすれば『たまには定時に帰らせてくれよ』という気持ちだったのでしょう。自分は必死で働いているつもりでしたが、実は私、迷惑な上司だったのですね(笑)。1時間の報告タイムを設けてから、部下とのコミュニケーションはずいぶん良好になりました」
有賀さんが抱えていたもうひとつの課題は後継者の育成であり、これは有賀さんが忙しすぎるという問題と深くかかわることであった。有賀さん自身は忙しくて後継者の育成をする時間がないと思っているようだったが、私の見方は違った。有賀さんは、後継者に権限を委譲することが不安だったのだ。そして権限の委譲ができていないから、すべての仕事を1人でこなさねばならず、結果として時間的な余裕を失っていた。つまり、時間がないから委譲できなかったのではなく、委譲しないから時間がなかったのである。
有賀さんはOJTのように一緒に現場に出ることで後継者に仕事を覚えさせようと考えていたが、それではいつまで経っても権限の委譲は実現できない。私は委譲する権限の範囲を決め、委譲のタイムテーブルも決めて、思い切って任せてしまうことを提案した。
「少し不安でしたが、仕事を渡してしまったらとたんに気が楽になりました。権限委譲のスケジュールを決めていただいたことが大きかったですね。自分が選んだ後継者なのだから信じて任せるしかないと割り切ったら、頭の中から完全にモヤモヤが消えました」
有賀さんは私と対話を重ねる中で、世界といかに戦うかという発想を持つようになっていったという。「今までは業界基準、日本基準でものを考えていましたが、今後は世界基準に焦点を合わせないと部下にゴールを示せないと思うようになりました」。
冒頭で述べたように、私のミッションは世界で勝負できるリーダーを育てることである。それにはまず、経営陣や次期幹部候補からコーチングを受けてもらう必要があると私は考えている。
日本企業では、研修等で自己変革の努力の機会を自ら受けるのはせいぜい部長クラスまでであり、役員クラスになるとほとんど受けないケースが多い。
ところが外資系企業では、役職が上になればなるほど積極的にリーダーシップのトレーニングを受けるのがごく一般的なのである。現在、日本企業の多くが、経営革新の点で世界にビハインドしている原因の1つはここにあると私は考えている。世界で勝てるリーダーを育てるには、“上の人間”から変わっていく必要があるのだ。
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