2月下旬、新潟市中央区関屋大川前の精神障害者らが通う就労支援施設「新潟しなの福祉会 あどばんす」で火災訓練があった。新潟市消防局の消防士から避難方法について説明を受けていた時、30代の男性利用者が「津波の時の避難ではどう対策をとればいいですか」と心配そうに尋ねた。消防士は「施設ごとに状況が違う。良い避難方法を模索し、何度も訓練して検討しましょう」と答えた。
同施設はコンクリート2階建てで、信濃川沿いに建つ。これまで、火災の避難訓練は年2回実施してきたが、津波の訓練はやったことがない。宇治彩子施設長は「最善の策が分からず、対策に動けなかった。利用者全員での避難は時間がかかる。どの場所に、どのように避難するのが一番良いのか」と戸惑う。
宇治施設長によると、地震などの際は最寄りの小学校を避難場所としているが、徒歩で約15分かかる。津波の際には、隣接する5階建ての福祉施設や市営住宅に逃げることも考えているが、具体的な検討はこれからだ。また、40人の利用者は徒歩で逃げることはできるが、何かあれば心が不安定になりやすく、焦らないように誘導するなどケアが必要だ。
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東日本大震災後、県内でも津波対策の見直しが進められている。県は今年5月をめどに、県内の津波浸水想定図を完成させる予定だ。複数の地震が連動する新たな想定では、津波が大規模に河川を遡上(そじょう)し、川に囲まれた新潟市内では浸水域が拡大するとされる。4月には、県と新潟市で、障害者施設の運営などに関する改正条例が施行される予定だ。改正後は、施設に対して災害別に避難対策を講じるよう求めており、初めて津波も想定に盛り込まれる。
在宅の障害者や高齢者については、市町村が名簿を作成し、自治会が把握して緊急時に備える準備が進められている。一方、施設については利用者や立地など施設ごとに状況が異なることから、県と市は施設ごとに対策を検討するよう求めている。しかし、市内の沿岸部にある障害者施設は「周囲に高い建物はなく、避難といっても施設の2階しかない。車いすの人を2階に運ぶにも人手がいる」と不安を口にする。また、高齢者のデイサービスセンターでは「避難方法は手探り。寝たきりの高齢者もいるので避難させるにも人手がいる」と訴える。
県は施設に対して、施設自らが避難対策を講じる「自助」と、地域で助け合う「共助」の双方が不可欠とし、「地域との連携が必要であれば、各施設で対応を議論してほしい」としている。一方、市は震災で要援護者を助けようとした人が津波に巻き込まれた教訓から「『共助』についての議論は慎重にすべきだ」との立場をとる。これに対し、宇治さんは「十分な避難対策を取るには、やはり地域の理解も必要」と訴え、施設だけでなく行政、地域と連携した対策を求めている。
大震災では、三陸地方の言い伝え「津波てんでんこ」が注目された。「てんでばらばらに」を意味し、自分の身は自分で守る教訓だ。施設に入所する自力で逃げられない人たちへの対策をどうするのか。県と市は、今後、各施設の津波避難マニュアルを点検することも考えているが、本格的な議論にはまだ至っていない。
3月14日朝刊
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130314-00000015-mailo-l15