東日本大震災から約4カ月後の11年7月中旬、県内の畜産業者は、肉牛に食べさせていた宮城県産の稲わらが放射性セシウムで汚染されていた問題に揺れていた。
発覚直後、柏崎市の畜産農家、室賀則顕さん(63)は、首都圏の食肉市場関係者からの電話に耳を疑った。「(売り値が1キロ当たり)400円、500円になっても売りますか」。当時、最高品質レベルの肉牛で1キロ2000円程度だったという。「この状態で出してもしょうがない」。室賀さんが会長を務め、県内の畜産経営者らで作る「県肉用牛経営者会議」(21会員)は話し合いを持ち、出荷を一時停止した。7月26日、同会は肉牛の全頭検査や緊急融資などを求める要請書を泉田裕彦知事に提出。検査は28日から始まった。
室賀さんは「安全なものしか出さないということを示すことができたのは大きかった」と振り返る。検査では60頭から放射性セシウムが検出されたが、汚染された稲わらを食べていた牛以外からは検出されなかった。それでも、価格が以前の水準に戻ったのは昨年末という。「放射能は目に見えず、数値だけが頼り。消費者がもういいというまで全頭検査を続けてほしい」と話す。
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福島第1原発事故により、県内でも食の安心・安全がクローズアップされた。県生活衛生課によると、県内に流通している食材の検査は震災直後の11年3月18日に始まった。当初は野菜の一部や原乳などだったが、対象は拡大が続き、今年1月現在で、農産物210種▽乳製品や豆腐、漬物などの加工食品157種▽水産物80種▽畜産物6種--の計453種(給食、消費者持ち込み、野生鳥獣検査除く)に及ぶ。検査した食材は県産7719品、県外産4022品に上る。
一方で、そのうち国の基準(現在は一般食品で1キロ当たりの放射性セシウム100ベクレル以下)を超過する数値が出たのは県産で野生きのこ1品、県外産で肉牛2品と乾燥しいたけ、パセリ各1品の計4品だ。
「昨夏ごろから、水道水を飲んだり、外食もするようになったりと、自分の気持ちも落ち着いてきた」。新潟市在住で6歳と1歳の子どもがいる女性(37)は振り返る。事故後は水は宅配で取り寄せ、食材は西日本産地を買うようにしていた。だが検査結果を見ているうちに、安心して県産食材を買うようになった。
だが、原発事故で放射能汚染の影響を受けたといわれる茨城や栃木県など北関東の食材は現在も購入していない。「流通しているので基準値以下と思うが、90ベクレルかもしれないと考えるとためらってしまう」という。手に取らないことでリスクを避けている自分を「風評被害を起こしているのかもしれない」と悩ましい思いを明かす。
県が肉牛の全頭検査や流通食品の検査などにかけた費用は12年度当初予算で約2億8000万円。来年度予算案には約1億5000万円を計上している。費用は東京電力に賠償請求する予定で、すでに10、11両年度分は昨年末に請求した。県放射能対策課は「いつまで検査を続けるかは県民の要望、世論も大きい。現時点ではいつまでやるのかなどは決められる状況ではない」と話す。
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東日本大震災から11日で2年を迎える。食の安全や避難者の受け入れ、防災対策など、新潟県民にもさまざまな課題が突き付けられ、対応が迫られてきた。この2年間で何がどこまで進んだのか。現状と人々の思いを探った。
3月9日朝刊
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