「厄よけ」「厄払い」の意味は 人生の節目、魂を】清め一年を無事に
現代でも気にする人が多い厄年。新年に厄よけ祈願や厄払いを考えている人も多いだろう。そのいわれや意味を改めて知り、新しい年を無事に過ごしたい。(戸谷真美)
◆受け継がれる習俗
厄年の起源は、実ははっきりしていない。だが、平安時代には既に心身や環境に変化のある年として認識されていたと思われる。神道学者で『厄祓(ばら)い入門』などの著書がある三橋健(たけし)さんは「古代中国に起源を持つ陰陽五行説も生活のための羅針盤のような役割があった。厄年もそうした中で生まれてきたのではないか」と話す。
『源氏物語』の主人公、光源氏が愛した藤壺が亡くなるのは37歳。女性の厄年だ。「厄年というのは人生の節目の年。特に中年以降は気力、体力、知力が徐々に落ちてくるのに伴い、神の力を借りて、こうした節目、峠を乗り越えようという習慣が厄よけ、厄払いです」(三橋さん)
一方で、「科学的に証明されていない迷信と言えばそれまで。だが、1千年以上続いた習俗というのは、そう簡単になくならない」とも話す。
神道では厄年は必ずしも「災厄」を意味するだけでない。地域社会の「役に立つ」ようになる年齢という意味もあった。神事に多く参加するため、心身を清めるおはらいを受けたという。
「厄よけ節分祭」など、節分に厄年の人が豆や餅などをまく祭りを行う神社や、道ばたに餅やまんじゅうなどを供え、通りかかる人に持ち帰ってもらう風習が残る地域もある。これらは多くの人に厄を分かち合ってもらうという意味があるという。
◆思い立った日が縁日
寺院では、厄よけ祈願で有名な寺社が「大師」「不動尊」といった弘法大師(真言宗の開祖・空海、774~835年)や不動明王を祭る所が多い。三橋さんは「大師さまというのは、お遍路さんでもおなじみの『同行二人』という言葉通り、弘法大師が守ってくれる、不動明王は身代わりに厄を引き受けてくれるという信仰があったから」と解説する。
関東地方の厄よけ祈願で有名な川崎大師平間寺(へいけんじ)(川崎市川崎区)では、本堂に設けられた護摩壇の周囲に香や供物などを供え、住職(貫首(かんす))らが炎と祈りによって煩悩を焼き清める儀式が行われている。同寺院の僧侶、佐藤芳昌(ほうしょう)さん(42)は「今生きていること、命をいただいていることに感謝しつつ、今後も無事に過ごせるようお大師さまの力におすがりするということです」。
日々魂に積もっていく厄(煩悩)を焼き清めたら、剣をかたどった木に不動明王の真言が梵字で書かれたお札をもらう。お札は「粗末にならない所に置き、願ったときの気持ちを毎日少しでも思い出してほしい」(佐藤さん)。
佐藤さんによると、同寺院では特に参拝する日に制約はない。「お正月に厄よけ祈願する方が多いが、思い立った日が縁日」。本人が来られない場合には、代理の参拝や郵送による祈願も受け付けているという。
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/snk20130102517.html