「南京虫」の名で知られ、刺されると強いかゆみを伴う害虫「トコジラミ」を知っていますか。日本では1970年代以降、ほとんど見かけなくなっていましたが、近年になり発生例が相次いでいます。ホテルや旅館で宿泊客が刺される被害があり、保健所への相談も急増しています。
浅草に近い東京・谷中の旅館経営者(74)は「外国人旅行客が増えたことで、招かれざる客もやって来てしまった」と話しています。
この旅館は30年前から外国人客の受け入れを始め、現在は宿泊者の約9割が外国人です。2001年から計4回、宿泊客が就寝中にトコジラミに刺される騒動が起きました。虫の死骸を手に「これに刺された」とフロントに訴えたり、「布団の中に虫がいた」と部屋を替えた客もいました。旅行者のかばんや服にくっついて、トコジラミが持ち込まれたとみられます。業者に依頼し駆除していますが、昨年8月の発生時には、駆除や薬剤の臭い消しのため、トコジラミが見つかった客室は5日間使えなくなりました。駆除費や寝具のクリーニング代などに約5万円かかりました。
日中は光を嫌って隠れているため、清掃時に発見するのも難しいようです。旅館経営者は「トコジラミを外から持ち込まれた私たちは被害者だが、駆除できずにお客様が刺されてしまうと、今度は加害者になってしまう」と嘆いています。
トコジラミは体長5~8ミリで茶褐色の吸血性昆虫です。カメムシ目に属し「ナンキンムシ」「トコムシ」とも呼ばれています。アタマジラミなどのシラミとは別の仲間です。扁平(へんぺい)な体形のため、畳や壁、柱の隙間(すきま)に隠れて生息します。ストローのような口吻(こうふん)を刺して血を吸います。刺されると皮膚が腫れ、あまりのかゆさに眠れない人もいるほどです。
日本では戦後、DDT(殺虫剤)による殺虫など衛生改善が進み、ほとんど姿を消していましたが、欧米や豪州で2000年ごろから、被害が拡大しました。ニューヨークでは国連本部やオフィスビルで被害が確認され、若者に人気のアパレルショップはトコジラミが大発生し、駆除のため閉店する騒ぎにもなりました。原因ははっきりしていませんが、イラク戦争の復員兵が持ち帰ったという説もあります。
東京都福祉保健局のまとめでは、トコジラミに関する相談は00年度14件、05年度26件から、10年度は245件に増加しました。大阪府でも、05年度の30件から10年度は82件にのぼり、「爆発的ではないが、相談の増加が目立っている」(府環境衛生課)とのことです。流行している欧米からトコジラミが持ち込まれ、国内でも繁殖が進んでいるとみられます。
池袋保健所(東京都豊島区)に相談を寄せた人の例では、ダニと勘違いして駆除したところ効果がなく、皮膚科で受診しても腫れが治らなかったため、トコジラミではないかと問い合わせたそうです。同保健所生活衛生課は「原因が分からないうちに被害が大きくなるケースが多く、駆除実績のある専門業者を紹介している」と話しています。
トコジラミには予防薬がなく、駆除剤も市販されていません。かつて駆除に使われたDDTなど有機塩素系殺虫剤は、環境への配慮から、日本を含む多くの先進国で使用が禁止されています。日本防疫殺虫剤協会の幹部は「最近のトコジラミは薬物耐性が強く、市販の殺虫剤が効かない。専用薬剤の実用化にはまだ時間がかかり、欧米での大流行を見ていると、日本でもこの2~3年で大流行する恐れがある」と警告しています。
ネズミやダニ、ゴキブリなどが感染症予防法で駆除対象になっているのに対し、トコジラミは病原菌を媒介する事例がほとんどないため、対象外です。建築物衛生法に基づく「衛生害虫」にも明確に指定されていないことから、国の対応が後回しになっているのが実情です。同協会が中心となり昨年12月、「トコジラミ研究会」が発足し、駆除業者らでつくる日本ペストコントロール協会や日本観光旅館連盟などが参加しました。被害事例の報告や今後の対策を話し合い、年内には駆除マニュアルをまとめる方針です。
同協会は「若い世代を中心に、今はトコジラミを知らない人がほとんど。商業施設も風評を恐れて発生を公表しなければ、被害が拡大する可能性がある。大流行を防ぐためにも、トコジラミの被害実態を共有し国全体で対策を考えていかないといけない」と指摘しています。
http://www.kyoeikasai.co.jp/kpa/agent/monosiri2011-20.htm