かつては「心の風邪」と言われ、誰でもかかる可能性があり、比較的軽かった症状が重症化する恐れも多く、今は「心の肺炎」とも言われる鬱病。平成8年ごろ、43万人だった通院・入院患者は現在100万人を超え、潜在患者は数百万人に上るとされる。
--鬱病の症状はどんなものですか。
原隆医師 大きく2つに分かれ、1つは抑鬱気分。気分が沈み「憂鬱」「悲しい」「落ち込んでいる」「何の望みもない」などと思い悩んだ状態。もう1つは興味と喜びの喪失です。これまで楽しんできた趣味や活動に喜びを持てなくなった状態で、「何をしても面白く感じない」「人と話すのがうっとうしい」「毎朝読んでいた新聞を読む気にならない」など関心や欲求が著しく低下してきます。
--病気の診断基準はありますか。
今はアメリカ精神医学会が決めた診断基準があり、それに基づいて操作的に診断します。今述べた2つの症状が主要症状で、少なくとも1つが鬱病の診断確定に必須です。両方に該当するとその確率は90%といわれています。患者さんに、2つの主要症状、さらに7つの下位項目を質問して、5つ以上の症状が2週間以上にわたって当てはまれば鬱病と診断されます。
--患者が増えていると聞きます。
平成8年に43万人だった患者数が20年には100万人を超え、これからもまだまだ増えると推測されています。患者増加の理由の一つに、10年から自殺者が年間3万人を超え、国が本格的に鬱病の啓蒙(けいもう)活動に取り組むようになり、その受け皿である診療所が増えて、鬱病治療の敷居が低くなったことがあります。
増える大きな要因に、経済、社会構造など社会的要因もあります。不況、終身雇用の崩壊、非正規雇用の増加、グローバル競争の激化などによるストレスと不安の増大、さらに核家族化、ゲーム世代、ゆとり教育などが生んだ若者層を中心とした精神構造の変化などが指摘されています。鬱病によって社会機能が低下して働けない人たちも増え、メンタル不全を抱えた休職者が職場に復帰するのに半年、1年と長期間かかることも珍しくありません。
--鬱病の原因は何ですか。
今も不明な部分が多いのですが、生物学的仮説と心理学的仮説があります。生物学的には脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンなどのモノアミンが低下するために生じるという仮説です。これは抗鬱薬がセロトニンやノルアドレナリンなどを増加させる作用を持つことから支持されています。
もう一つの心理学的仮説は、鬱病に親和性のある性格、きちょうめん、きまじめ、頑固、小心な人が、職場での昇進などをきっかけに責任が重くなると、全てをきっちりやろうと無理を重ね、発症するというものです。しかし、全ての鬱病がこの仮説に一致するわけではなく、例えば配偶者の死、出産、閉経、仕事の問題、人間関係のトラブルなどライフイベントが誘因となる場合もあり、その程度、経過には個人差があって、回復に数年かかるというケースもあります。まれに理由もないのに深刻な鬱病になる場合もあります。
このようにいろいろな要因が複雑に絡み合って鬱病を発症すると考えられ、ストレスや不安が多い現代では誰でもなる可能性があり、決して珍しい病気ではないのです。
--シグナルはありますか。
鬱病の初期には抑鬱気分や興味や喜びの喪失といった精神症状よりも具体的な身体の症状を自覚します。眠れない、食欲がない、疲れやすい、頭が重い、肩凝り、動悸(どうき)、息切れなどです。消化器系の不調、胃部不快感、吐き気、下痢などの症状を強く訴えることもあります。身体の違和感に注意がいき、心の疲れが見えにくいので、内科など他の医療機関を訪れる患者さんが実際には多いのです。
--治療は。
休息、投薬、精神療法が大きな柱です。まず現在の状態が病気であることを理解して、無理をせずゆっくり休めるような環境下で、抗鬱薬をしっかり服用して回復を待つことです。多くは仕事や対人関係などの心理的葛藤を抱えているので、治療者が患者と向き合い対話を重ねることで心理面、行動や認知面に働きかけ徐々に回復に導いていきます。「3カ月以内に本来の生活を取り戻す」が治療目標となりますが、再発率も高く、その後1年間は治療を続ける必要があります。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121202/bdy12120212000000-n1.htm
http://sankei.jp.msn.com/life/news/121202/bdy12120212000000-n2.htm