先生:武田珠美/徳島文理大学人間生活学部人間生活学科教授
ゴマの調理法の研究歴15年。ゴマの調理(炒る、磨砕するなど)による変化と世界のゴマ食文化を研究してきた。またトウモロコシ(在来種)、サトイモなど伝統的食材の継承を願い、研究に取り組んでいる。
食卓に何かもう一品料理が欲しい。そんなとき、ホウレン草のゴマあえはナイスな副菜だ。存在は地味だけど、まさにいぶし銀の存在感。聞けば、ホウレン草以外にも、いんげん、オクラ、アスパラ、ゴボウ、小松菜など季節の野菜をゴマあえにすると美味しいそうだ。
中国や韓国ではゴマのペーストやゴマ油を利用することが多いが、それらとは異なり、すりゴマを使うのは日本独特の食文化だとか。
――ゴマはすると、どのように変化するのですか?
ゴマをするのは、胚乳と子葉の油分をにじみ出させる意味がある。
先生 ゴマの成分は、50%以上が油脂です。すり鉢を使ってすりつぶしていくと、最初はサラサラした粉状ですが、次第にしっとりとしてきます。長くすり続けるとペースト状になるんですよ。ゴマをすることで粒の周りを覆っている硬い部分を破壊すると、油分が遊離してきます。適度な油分が出てくることでゴマあえにしたときコクをもたらします。あまりすり時間が長すぎると、あぶらっこさが強くなりますが。またすったほうが消化も良くなり、ゴマの栄養分が体に吸収されやすくなります。
――ミキサーですりゴマを作るのと、すり鉢を使ってすりゴマを作るのとでは何か違いはありますか?
先生 電動ミキサーはカッターでゴマを切ってゴマを細かくしていきます。すりつぶすのとは違い、長くミキサーにかけてもサラサラのまま。油脂は染み出てはきません。ゴマあえにする場合は、すり鉢とすりこぎを使ったほうが、野菜によくからまるのでいいですよ。
――粒状のゴマもすり鉢で長くすりつぶせばペーストができるのですね。子供に手伝わせて、ゴマの状態が変化するのを見せるといいですね。
先生 すり鉢を使ってゴマを長い時間すり続けると、見かけは完全にペースト状になります。しかし、不思議なことに、顕微鏡で見ると粒子が大小さまざまで不均一なんです。けっして均一になることはないんですね。これが人がゴマあえを口に入れたときに美味しさを感じる一因になっているといわれているんですよ。だからゴマをするのにはすり鉢がおすすめなのです。
――今は市販されているすりゴマを買ってきて、家でゴマをすらない家庭も多いですが、やっぱりすり鉢ですったほうが美味しくなりそうですね。
先生 その通りです! 洗いゴマ(炒る前の生の状態のゴマ)を、自宅で炒ると本当にいい香りがするんですよ~! 昭和20年代までは、みな洗いゴマを買ってきて、自宅で炒っていたんです。
――どんな香りですか?
先生 複雑でうまく言えませんが、ゴマらしいいい香りです。ゴマは生の状態だと少し青臭いですが、炒ると香りが変化します。甘い香りのフラン類、ピーナッツのようなこうばしい香りのピラジン類など100種以上の成分によって作られているといわれています。フライパンで炒ると、ゴマに含まれる糖やアミノ酸の成分変化も加わって、香りが立ちのぼってきます。市販の炒りゴマを料理に使う場合でも、最初に数十秒間だけ、ゴマを温めてすると、ふだんよりずっといい香りのゴマあえになります。温めることでゴマの表面の皮の部分が柔らかくなるので、すりやすくもなります。温めるのは電子レンジなどよりフライパンでさっと弱火で温めるのがベストだと思います。
――野菜とあえるときの注意点は?
すり鉢なら、ゴマ粒の油分をほどよくにじませられる。
先生 あえる野菜や味の好みに応じて、だし汁やしょうゆ、みりんなど適度に液体調味料を混ぜます。大事なのは、調味料とゴマの割合。以前実験した結果では、調味料の総量をゴマの重量の70~100%程度にすると、よくからまります。つまりゴマと調味料の重量比が約1対1です。加える液体が少ないと、すりゴマは硬くなってしまうし、液体が多いとすりゴマと野菜のからまりが悪くなってしまいます。白ゴマと黒ゴマでは風味が違うので、お好みのものを。個人的には黒ゴマは白ゴマよりも風味が強いので、ゴボウや春菊など癖のある野菜に合うと思います。
――だし汁もポイントですか?
先生 かつおだしの中にあるイノシン酸を含むだし汁をすりゴマと混ぜると、ゴマの中のアミノ酸がより強まり旨味を感じられます。このことがゴマあえを食べたときの満足感につながる。江戸時代から日本人は、肉など贅沢な食材を食べなくても野菜をゆで、ゴマあえにしてアミノ酸を上手に補給してきたのです。
――すりゴマが、日本人の口に合うということですか?
先生 すりゴマ料理の起源は、江戸時代です。当時の調理書にはゴマを“する”という表現が出ていて、庶民の食卓にも餅にまぶしたもの、ゴマ豆腐、ゴマみそ、ゴマ酢などであえたものやひたしたものが登場していました。まさに日本の伝統食です。
なかでもゴマあえは江戸時代の人々にとっては主要な栄養源である野菜を美味しく食べるための知恵だったんです。
結論:市販の炒りゴマも、フライパンで数十秒温めてすれば風味アップ
http://president.jp/articles/-/7807?page=2