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世界大会で優勝、海洋高相撲部員・村松裕介さん /新潟

8月に長野市であった全国高校総合体育大会(インターハイ)の相撲個人で優勝。「世界ジュニア相撲選手権大会」への出場権を手にした。10月27日に香港で開かれた世界ジュニアで個人(無差別級)、団体ともに頂点に立った。

約30カ国の選手が出場した世界ジュニア。個人決勝ではモンゴルの選手と対戦した。立ち合いがうまくいかず、村松選手は右を差され、押し込まれた。だが慌てず、左腕で相手の右腕を抱えて小手投げを放つと、見事に決まった。「満足できる取り口ではなかったが、勝ってホッとした。国技の相撲で、外国人には負けられないというプレッシャーがあった」と振り返る。

広島県生まれ。子どもの頃から体が大きく、幼稚園から柔道、相撲は小学3年から始めた。小学5、6年時には小学生相撲の全国大会で優勝。海洋高相撲部の田海哲也総監督(51)の目に留まった。

中学2年で糖尿病を患ったが、辛い食事制限に耐えて克服。落ちた体重は筋肉トレーニングで取り戻し、中学3年の全国中学校相撲選手権大会で優勝した。食事制限を続け、今も白米の量は小さな茶わんに1杯。健康診断も欠かせない。

高校進学を控え、全国の強豪校から誘われた。海洋高を選んだのは「指導陣が充実していて、地元の人が応援してくれているから」。田海総監督の存在も大きかった。早い時期から何度も広島に足を運び、両親や村松選手が通っていた相撲道場の指導者と信頼関係を築いていたからだ。

高校では、息ができなくなるほど厳しい稽古(けいこ)を繰り返し、前に出る力を身に着けた。秋にあった「ぎふ清流国体」の開会式では、県選手団の旗手も務めた。「相撲に打ち込むには良い環境だった。大勢の人にお世話になった」と感謝の言葉を口にする。

卒業後は日体大に進み、相撲を続ける。田海総監督は大学卒業後の角界入りを期待するが、村松選手は「大学を出たら広島に戻って高校教諭になり、生徒に相撲を教えたい」と語る。

http://mainichi.jp/area/niigata/news/20121111ddlk15070042000c.html

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