てんかんの持病を申告せずに免許を取得・更新した人による事故が続いたことを受け、警察庁は病気を申告せず重大事故を起こした運転手への厳罰化について議論を始めた。だが、てんかんに限った厳罰化は、病気の差別につながりかねない。患者の人権を守りつつ、事故を防ぐ手立てはあるのか。てんかんを巡る現状を2回にわたり報告する。
◇鹿沼事故後取り消し急増 患者ら差別助長懸念
「運転する時は、細心の注意を払っていることを知ってほしい」。山陰地方の福祉作業所に通う30代の男性患者が語気を強めた。
大学3年の時の原付きバイクの事故で頭を打ち、てんかんの発作が出るようになった。薬を飲み続け、発作は4年間起きていない。5月の免許更新では、主治医の診断書を持参し病状を申告した。
住む場所は街の中心部から外れ、買い物や役場に行くには何度もバスの乗り換えが必要。「主治医の忠告に従い、体調不良や睡眠不足の時には運転を控えている」というが「交通が不便な地方では、車の運転は重要」と男性は訴える。
京都市の福祉職の男性(53)は、30代半ばでてんかんの発作が起きた。服薬の結果、十数年間発作はなく、病状は安定している。
「病気の事実を受け入れられず、元の生活を維持したかった」ため、最初の発作から数年は時々車を運転したが、今はハンドルを握らない。「運転を怖いと感じやめた。ただ、免許証は身分証明書として便利だから更新はする」
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病気を申告していないてんかん患者の運転をめぐる議論に火を付けたのが、昨年4月に栃木県鹿沼市でクレーン車が小学生の列に突っ込み、6人が死亡した事故だ。今年4月には、京都市東山区の祇園で軽乗用車が暴走、19人が死傷する事故が発生。因果関係は不明だが、運転手はてんかんを申告せず免許を更新していた。
京都の事故の3日前、鹿沼の事故の遺族は(1)病気を申告せず免許を取得し事故を起こしたら危険運転致死傷罪を適用する(2)てんかんを隠しての免許取得ができないようにする――ことを求める請願書を政府に提出した。
一方、てんかん患者と家族でつくる「日本てんかん協会」(東京都新宿区)は、病気への差別助長を懸念し、てんかん患者に限った厳罰化に反対する姿勢を表明した。
警察庁によると昨年、患者の運転免許が更新時に取り消されたのは292件。鹿沼の事故前の10年(172件)から1年で急増した。同協会栃木県支部の鈴木勇二事務局長(69)は「自己申告の制度を当事者にどう知らせるかが課題だ」と話す。
一方、静岡てんかん・神経医療センターの井上有史院長は「不申告に罰則を設けるより、病気を申告しやすい環境を整えるべきだ」と指摘。免許が取得・更新できない患者には公共交通機関の利用時に費用を援助するなど「病気を隠さず生きていける社会」づくりを訴えている。
◇死亡事故、昨年は5件 病気のリスク誰にでも
交通事故を起こす発作や急病の原因は、てんかんに限らない。
警察庁によると、昨年の交通事故発生件数約69万2000件のうち、運転手の発作・急病によるものは254件。てんかんは73件で事故全体の約0・01%。以下▽脳血管障害58件▽心臓まひ22件▽その他(胃けいれん、めまいなど)101件――と続く。死亡事故に限れば、発生件数4481件のうち、運転手の発作・急病が原因の事故は19件。てんかんによる事故は5件で、以下▽心臓まひ2件▽脳血管障害2件▽その他10件――と続く。
昨年8月には水戸市で、糖尿病の男性が運転中に意識を失い、7人を死傷させる玉突き事故を起こした。
旧道路交通法は「精神病者、知的障害者、てんかん病者、目が見えない者、耳が聞こえない者または口がきけない者らに免許を与えない」としていた。該当者は症状に関係なく、免許が交付されなかった。
だが、てんかんは適切な服薬や手術によって、7~8割が発作を抑えることが可能だ。一方、失神を伴う他の病気には制限がなく、現実と合わない点があった。
02年の道交法改正で、意識を失ったりけいれんなどを起こしたりした経験がある人は自己申告することになった。医師の診断書を提出し、各都道府県の公安委員会が運転の可否を判断する。同法施行令では、てんかんのほか▽統合失調症▽再発性の失神▽無自覚性の低血糖症▽双極性障害▽重度の眠気を伴う睡眠障害――などを、免許の拒否や保留の対象になる病気に挙げている。
てんかんの場合(1)過去5年以内に発作がなく、今後も起こる恐れがない(2)過去2年以内に発作がなく、今後数年程度であれば発作が起こる恐れがない――などを満たせば、免許取得や更新が可能。病気ごとに考え方の基準が定められている。
病気や事故のリスクは特定の人の問題ではない。てんかん自体、誰もがなる可能性のある脳の病気。発症率は100~200人に1人とされる。
だが「てんかん患者が事故を起こすと、一律に免許を取り上げる論調になりやすい」と「障害者欠格条項をなくす会」事務局長の臼井久実子さんは嘆く。同会にも「人殺し」と書かれたメールが届いた。「病気に対する日常的な差別や偏見が土台にあり、安心して病状を申告できる制度も、社会の仕組みもない」と、臼井さんは懸念している。
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◇てんかん
脳の神経細胞が一時的に過剰な活動をすることで発作を起こす。意識を保ったまま体の一部がけいれんを起こしたり、けいれんで倒れるなど症状はさまざま。頻度も個人差がある。患者は全国で約100万人。患者の7~8割は薬物治療で発作を抑えることができ、大半の人は発作時以外は普通に生活できる。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20120612ddm013100178000c.html