◇消費者の安心へ「検出ゼロ目標」 かさむ費用、負担重く
「放射性物質『ゼロ』を目標に」--。大きな文字で書かれた張り紙が売り場のあちこちに目立つ。2月下旬の平日午後5時過ぎ、東京都品川区のスーパー、イオン品川シーサイド店。多くの買い物客でにぎわう中、10歳と3歳の子どもを連れた主婦(33)は「お店が検査しているみたいだし、信頼している」と話し、夕飯用の食材選びを急いだ。一方、1歳3カ月の長女を抱いた主婦(37)は「自分だけのことならともかく、娘の離乳食には神経を使う」と厳しい表情を崩さない。
昨年3月11日の東日本大震災を機に起きた東京電力福島第1原発事故で、食品の放射能汚染の不安が一気に広がった。「売り場に並んでいる商品は大丈夫か」との声に応えるため、大手スーパー、イオン(本社・千葉市美浜区)は事故直後から、プライベートブランド(PB)「トップバリュ」の商品を中心にサンプルを抽出し、放射性物質含有量の自主検査を始めた(牛肉は7月から全頭検査)。
国の暫定規制値は、野菜や肉など一般食品の場合、1キロあたり500ベクレル(4月から適用される新基準値は同100ベクレル)。だがイオンは暫定規制値の10分の1にあたる同50ベクレルを「独自基準」に設定。外部機関に委託し、昨年末までに農畜産物や牛乳、玄米など計6656件を検査した。基準を超えた33点は出荷を停止した。
昨年11月には「いくら『安全です』と言っても消費者は納得しない。情報を開示し『主観的に』安心してもらおう」として、野菜や魚などすべての検体の検査結果をウェブサイトで公開。検出限界値(検出器などで異なるが、イオンの場合、一般食品で10ベクレル前後)や出荷状況も載せた。
そのうえで「放射性物質『ゼロ』を目指す」と宣言。検出限界をわずかでも超えた商品は一切売り場に出さず、「不検出」となるまで、出荷元である契約農家らとの取引を停止する思い切った取り組みを始めた。
近沢靖英・執行役は「小売業は国に従うだけでなく、消費者の気持ちをくみ取って対策をとるべきだ。そうすることで消費回復につながり、生産者を守ることにもなる。消費者の不安な気持ちを理解すれば、限りなくゼロを目指すしかないと考えた」と話す。
イトーヨーカ堂やヨークベニマル、ヨークマートなどを傘下に持つセブン&アイ・ホールディングス(東京都千代田区)も、PB「顔が見える」シリーズを中心に、外部機関に委託し検査を進めている。野菜・果物の検査数は計501件(肉・魚は非公表)で、検査結果をサイトで公表している。さらに、東北と関東1都10県の全4700の契約農家に土壌調査を実施するよう求め、肥料や堆肥(たいひ)についても、入手元や原材料の確認作業をしている。
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スーパーなど小売各社は原発事故以降、相次ぎ自主検査に乗り出し、その後も対応を強化している。ただ、どんなに検査しても、結果を消費者に信じてもらわなければ何も始まらない。
商品の一つ一つに「放射性物質不検出」と表示すればわかりやすいが、それはできないのが現状だ。「すべてを検査するのは態勢的にもコスト的にも不可能。検査はあくまでサンプルを取り出して実施する『サンプル検査』になる」と、日本生活協同組合連合会(渋谷区、日本生協連)の内堀伸健・品質保証本部長は説明する。
日本生協連は、PB「コープ商品」として、米や牛乳、ウインナーなどの加工品を食品メーカーに製造委託し、加盟する全国の生協に卸している。検査は基本的に、自前の検査センターで精度の高いゲルマニウム半導体検出器を用いて実施。原発事故後から今年1月末までに検査したのは1000件以上に上る。原料が東北や北関東産だったり、メーカーの工場が東北にある場合など地理的な汚染リスクを考慮してサンプルを選んでいるという。
内堀本部長は「消費者には、行政の検査結果と合わせ、『傾向値』として安全性を判断してほしい」と力説する。例えば牛乳の場合、日本生協連の自主検査では25品目の原乳を計90件調べ、一度も検出限界(1キロあたり10ベクレル)を超えなかった。各地の自治体が実施するモニタリング検査でも昨年4月以降、牛乳が出荷規制された例はない。こうした状況を総合的に考慮してほしいのだという。
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放射性物質の一つであるセシウム137の半減期は30年にわたる。この先、長く続きそうな食品の放射能対策は、消費不況にあえぐスーパーなど小売業を疲弊させる可能性もある。既に各社の費用負担は大きく膨らんでいる。
イオンのこれまでの検査委託費は1億円を超えた。長期戦になることを予想し、自前の検査体制を整えるため、約2000万円と高額なゲルマニウム半導体検出器や、1台250万円程度する簡易型の検出器数台の購入も決めた。同社は放射性物質が検出され、出荷を停止した農産物などを買い取っており、この負担も大きい。
日本生協連も先月、ゲルマニウム半導体検出器を1台新たに購入した。新年度から計2台で年4000検体が調べられる態勢となる。
イオンの近沢執行役は「自主検査は今後もずっと続く。どうすれば消費者にもっと分かりやすい表示ができるかなど、いろいろ考えて進めていかねばならない」と話す。
一方、日本生協連の内堀本部長は、国の要請などに基づくモニタリング検査だけでも既に11万件を超えているとし、「国が本気になればこれだけできるのだと分かった。検査方法や結果についても、国はもっと分かりやすく国民に伝える努力をしてほしい」と呼び掛ける。
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大地に、海に降り注いだ放射線は人々の暮らしを一変させた。土の上で子供が遊び回り、安心して何でも食べられるようになる日は遠い。放射能汚染に苦しみ、その除去に取り組む人たちを追った。
http://mainichi.jp/life/food/news/20120305ddm013040007000c.html