7月28日、秋葉原UDXギャラリーにて「デジタル教科書教材EXPO特別シンポジウム」(主催:デジタル教科書教材協議会=DiTT)が開催され、小中高等学校、大学関係者や教材関連企業など約220名が参加した。
第1部では、「デジタル教育の展望」と題してパネルディスカッションが行われた。登壇者は、小宮山宏氏(三菱総合研究所理事長/前東京大学総長/DiTT会長)、長尾真氏(国立国会図書館館長/元京都大学総長)、安西祐一郎氏(慶應義塾学事顧問/前慶應義塾長)。モデレーターは、DiTT副会長の中村伊知哉氏(慶應義塾大学メディアデザイン研究科教授)が務めた。
第2部では、「デジタル教科書をめぐる動き」と題して、中村伊知哉氏による講演が行われた。
第1部のパネルディスカッションでは、デジタル教育にとどまらず、日本の将来に向けて教育はどうあるべきか、お三方の熱い想いが語られた。そのもようを要約して紹介する。
◆Theme1:デジタル教育の将来はどうなる?
安西氏:今の若者は生まれたときからインターネットやデジタルツールにふれた世代。デジタル教育は、我々大人たちがやるかやらないかを議論している場合ではなく、当たり前に実践されなければならない時期にきている。
これからは、受け身の勉強ではなく、各人が自分でアクティブに学び、生涯通用するスキルを身につけていかなければならない時代。そのためには、ICTを使った教育は大変重要な役割を果たすだろう。
しかし、そのためのインフラがまったく追いついていない。今、全国の70%の小中学校に30Mbpsのネット回線がようやく入ったところだが、これでは生徒一人ひとりがICTを使って学習するにはまったく足りない。しかしながら、全国に高速ネットが繋がるのを待っていてはとても間に合わない。やれるところからやっていくしかないのでは。
小宮山氏:今の教育の問題を私の立場から2つあげるとすると、知識の爆発的増加と領域の細分化。たとえば、昔は「機械の専門家」という人がいたが、今は「ロボットの膝の部分のアクチュエーターの専門家」はいても「機械の専門家」はいない。知識がどんどん増え、細分化し、しかもダイナミックに変化している。とても追い切れない。今必要なのは、限りなく増大し細分化した知識の構造化。しかもその知識は進化する。進化する教科書をつくるには、デジタルでなければ無理。紙の教科書を5年かけて作っていたら、できたときには知識は古くて使えなくなっているだろう。
長尾氏:厖大化した知識をどうするかは世界的な課題。国立国会図書館には、図書、雑誌、論文等、約3,600万点の資料があるが、これらは構造化されていない。今、これらをデジタル化し体系化して、国内はもちろん世界中の図書館とネットワークで結び、欲しいときに欲しい情報がぱっと入手できる仕組みを作っているところである。
デジタル教科書・教材について言えば、単に紙のデータをデジタル化しただけでは紙のほうが使いやすい。音声、画像等を融合したマルチメディアでなければならないし、学習者が線を引いたり書き込んだり演習問題をできるなど、能動的に参加できるものでなければならない。今の端末や電子書籍ではまだまだだが、今後この分野は急速に進展するだろう。
◆Theme2:20年来日本の国際競争力の低下が危惧されている。また震災の影響もあり停滞気味だが、日本の将来は明るいのか?
小宮山氏:日本は課題先進国。環境問題、少子高齢化、資源不足、食糧問題、そこに原発の問題も加わった。しかし、それらの問題は世界のすべての先進国がいずれ直面する問題。もし日本が今、それらの課題を解決する答えを出せばそれが世界のスタンダードになる。そうすれば課題先進国から、課題解決先進国になれる。詳しくは先月出した『日本「再創造」』(東洋経済新報社)をぜひご一読いただきたい(笑)。
長尾氏:日本は学術的にも文化的にも世界から注目されるだけのユニークなものを持っている。そのことをしっかり自覚することだ。そのためには、若いときから海外に出て、国際的な視野をもって外国と太刀打ちできる人材を育てることが大事だ。
安西氏:人材育成をいかに加速させるかにかかっている。明治初期、政府は全国に2万あまりの尋常小学校を作った。教育振興と産業振興を同時に推進したことによって欧米列国に飲み込まれずにすんだ。戦後は新大学制度ができ、国をあげて大学教育に力を入れたことによって、高度経済成長を支えた。今は第3の開国期。今後10年の間に、全国100万人の学校教員のうち30%が世代交代によって入れ替わる。新しい教員は、日本が今、大転換期にあることを意識して育成されなければならない。次の学習指導要領の検討においても同様だ。
◆Theme3:デジタル教育、デジタル教科書・教材の利点は?
安西氏:学習者がアクティブに自ら学ぶことができること、また、自分で学び続ける力を身につけられるということ。
日本は、明治以降長きにわたって、18歳で大学に入り、22歳で卒業して就職、社会人になったらもう学ばなくていいという一直線の人生行路が刷り込まれてきたため、社会人になっても学んでいる率が先進諸国の中で格段に低い。しかし、これからは生涯にわたって学び続け、新しい知識やスキルを身につけないと食べていけない。
小宮山氏:個人の関心によって学びたいことをどこまでも深く学べること。
学習者の興味は一人ひとり異なる。ある生徒がこのことについて学びたいと思ったら、どこまでも深く学べる環境が必要。そのためには体系化された豊富なコンテンツがなければならない。
生徒がどこまでも深く学ぶと、いずれ教師は追い抜かれるだろうが、それでいい。
長尾氏:デジタルによって、世界が見えるということだろう。
自分の周囲だけでなく、遠くの世界もいろいろな形で見えてくる。こういう環境がデジタル時代には提供されている。それを十分活用できる環境整備が大切だ。
◆Theme4:デジタル教育について、根強い反対や不安感もあり、なかなか広がらないが、どう解決すればいいか。
長尾氏:反対されるのは、現在の端末とコンテンツがあまりにもお粗末だから。紙をただデジタル化しただけのようなコンテンツではなく、たとえば小説なら、小説に関連する情報や著者の情報など、連鎖的に知りたい情報が構造化されてすぐに引き出せるようになっているとか。そういったものを見せて便利だなと思ってもらえば反対者も納得するだろう。環境整備をする側の努力にかかっているのではないか。
安西氏:コンテンツの充実については、「理科ネット」というプロジェクトを先生方とやっていて、かなりのコンテンツが集まっている。このような活動を広げ、教育クラウドを立ち上げて誰でもが気軽に自作の教材をアップしたり共有できるようにするべき。同時に評価の仕組みも必要。
端末は、現状のものは、子どもの発達や心理のメカニズムとまったくマッチしていない。まだまだ改善が必要。企業の方にはぜひがんばってもらいたい。
ネットワークインフラもまだまだ。スピードが遅いだけでなく、セキュリティが厳しすぎて、校内で閉じられたネットワークになっており、他校との連携もまったくできていない。これがオープンになれば、世界の一流の大学ともつながることもできる。
小宮山氏:デジタル教育に反対する人がもっとも不安に思っているのは、「リアリティの喪失」ではないか。実体験はもちろん大事で、これは本当に真剣に考えなければならないと思う。しかし、私は、リアリティを保ちつつデジタルを活用する方法が必ずあると思っている。
◆Theme5:最後にこれだけは言いたいということは?
安西氏:デジタル教科書・教材問題は、一部には「子どもに端末を配ること」だと思われてきたが、まったく違う。日本の未来を見据えたうえで、教育の中身をどうするべきかという大きな問題だということを理解していただきたい。
また、デジタル教育は、アナログvsデジタルとか、リアルvsバーチャルという2項対立で捉えられがちだが、そうではない。この2項対立を乗り越えるコンテンツを作ることが課題。
小宮山氏:鍵は、ICT×知の構造化×人。私自身はそのための行動を始めている。自治体をネットワークし、ICTと知の構造化によって教育を支える活動を行っている。小さな動きかもしれないが、100の自治体、学校が動けば変えられる。とにかく具体的な行動を起こすしかない。そうしないと間に合わない。
中村氏:とにかく前に進め、という力強いメッセージをいただいた。先生方のお話をお聞きしていると、もはや時代は、デジタル教科書・教材ではなく、ネットワーク教科書・教材という段階にきているということを実感した。今後も先生方、会場の皆さんの支援をいただきながら、デジタル教育の普及に努めていきたい。
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