中小企業の間で「子連れ出勤」を認める機運が高まりつつある。人手不足の中で労働力を確保したい企業が、働き手の要請を満たす解決策として導入するケースが出てきた。子連れOKのオフィスを用意して企業から業務を受託し「子連れ出勤」をサポートする新たなビジネスモデルも登場。子供の面倒をみながら働くことの難しさもある一方、少子高齢化や待機児童問題がさらに深刻化する中、勤務スタイルの新たな選択肢となり、普及していくだろうか。
体験型ギフト企画販売のソウ・エクスペリエンス(東京都目黒区)は2013年から子連れ出勤を認めた。当時は10人ほどだった従業員の中の女性1人が妊娠したことがきっかけだった。「貴重な戦力が欠けるのは会社にとっても大きな損失」と考え、同社の西村琢社長がこの女性社員に「子連れで来てみたらどうかな」と声をかけた。
同僚社員の反応が気がかりだったが「オフィスの雰囲気が明るくなった」「一緒に働きたいと思う仲間とずっと仕事ができる」など好意的な声が目立つ。いまでは社員30人中、9人が子連れ出勤をしている。
環(たまき)ちゃん(3)とともに出勤する望月町子さん(32)は「子育てが理由でもブランクが長いと、仕事に戻るのが難しい。こういう職場ならずっと働ける」。燈(ともり)君(3)を連れて出勤する辻莉瑛子さん(30)も、「ずっと私にべったりだったのが、ここに来てからは私以外の大人や子供とも接することで、自立心や社会性が身についたと思う」と、子連れ出勤の思わぬメリットも出ている。
同社は15年4月から、「『子連れ出勤』100社プロジェクト」を始めた。子連れ出勤の良さを同社のブログで発信、このブログを読んだ企業から会社見学希望の問い合わせが相次いでいるという。ブログを通じて他社と課題の共有なども可能となった。
子連れ出勤を支える新たなビジネスも登場している。京王電鉄は9月16日、東京都多摩市にある京王線聖蹟桜ケ丘駅前の商業施設に、子育て中の母親向けにキッズスペース付きのオフィス「京王ママスクエア」を開設した。施設の運営はママスクエア(東京都港区)に委託している。
同施設へは、1歳以上、小学校3年生以下の子供を連れていくことができる。例えば、小学校での授業が終わった子供にママスクエアへ来てもらうことも可能だ。こうした点が評価され、300人以上の応募があった。4歳と1歳の子を持つ川崎市多摩区の高岡絵美さん(31)は以前、結婚式場で働いていたが、「書き入れ時の土曜、日曜日は保育園は休みのところが多く、子供を預けられる場所がなかった」。
ママスクエアの藤代聡代表は土日へのニーズに対応するため「週3、4日とか短時間でも働きたいと考える人は多い」と考え、保育を担当する人の勤務シフトをうまく調整し、「ワークシェアリング」も取り入れて子連れ出勤のサポート体制を築いている。京王電鉄沿線価値創造部の平松渉課長補佐も「子育て世代の家族に選んでもらえるまちづくりを進めていけば、沿線価値の向上にもつながる」と、期待を寄せる。
一方で20年近くも前から子連れ出勤を認めている中小企業もある。授乳服製造のモーハウス(茨城県つくば市)は1997年の会社設立時からで、現在は2歳未満の子供を連れて出勤できる。東京都渋谷区の直営店では、子供を抱いたまま女性従業員が接客する。
といっても創業初期には、子供同士で騒いだり、通信販売用に用意した箱に玩具を入れたりといったいたずらもあった。それでも光畑由佳代表は「問題が起これば一つずつ原因を探り、全従業員で話し合って解決策を見つけた」と話す。
首都圏でクリーニング店を展開する喜久屋(東京都足立区)も、草加工場(埼玉県草加市)の2階事務所の一部を、従業員の子供のためのスペースとして用意している。午後、近くの幼稚園から園児バスが工場前に来ると、園児たちはそのスペースで母親を待つ。事務所で働く従業員数人が仕事をしながら、子供の様子に気を配る。
子供の急病や幼稚園・保育園の保護者会といった行事など、シフト制を取る職場では休みを取りづらい。喜久屋は、引き取り日など客先の希望を踏まえた上で操業計画を立てる。このため、事前に休みの希望を出せば、操業計画に影響することなくシフトの調整で対応できる。従業員約220人のうち、女性が約180人を占める。子育てが一段落してからも喜久屋で働き続ける女性も多いという。
都市部を中心に核家族化が進み、子育てについて気軽に相談できる人が身近にいない。子連れ可能な職場なら、子育ての悩みなどもお互いに打ち明けられ、「母親の気持ちも明るくなる」(モーハウスの光畑代表)。
待機児童数は、再就職活動中といった潜在的なものも含めると全国で80万人以上とされる。また2017年までに保育士が7万人不足するとの厚生労働省の試算も公表されている。東レ経営研究所の渥美由喜(なおき)主任研究員は「子連れ出勤は、独身社員にとってもずっと仕事が続けられる環境が整っているという安心感を得られる。子育てをしながら働くということは、必然的に仕事の面でも助け合うことになる」と話す。喜久屋の中畠信一社長も「みんなで支え合うという雰囲気が大切」と、企業も含めた社会全体で子育てに取り組む必要性を訴えた。(松村信仁)
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