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「おもてなし」より「おすそわけ」。生活と人間関係をゆるく豊かにする最先端キーワード

東京から愛知県三河地方の蒲郡市に引っ越して3年半が経つ。我ながら変わったと思うのはお金の使い方だ。いや、使わな方といったほうが正確だろう。

平日に家で仕事をしているときは朝昼晩の食事はすべて自炊もしくは妻の料理だ。小銭入れを開くのは、散歩がてらに神社に行ってお賽銭を入れるときとコンビニで朝刊を買うときぐらい。買い物は週末にスーパーに行って、肉や加工品、アルコール類を買い揃える程度で済む。

野菜や魚(干物)、パンなどは車で30分のところにある妻の実家から分けてもらうことが多い。製造業が発達していることで知られる愛知県だが、農業や漁業も盛んであり、長年住んでいると「大根を作り過ぎたから10本あげる」みたいな知り合いが増えていくようだ。10本もらっても消費に困るので、さらにおすそわけをすることになり、我が家にも1本回ってくる。

おすそわけしてもらうと妙にうれしいので筆者も実践している。先日、長野の友人からおいしいかぼちゃをもらったので、マンションの隣室に住んでいる若夫婦にもあげることにした。玄関先で会うと少し言葉を交わす程度の付き合いだったが、以前にベランダに干し柿を吊るしてあり「かなりの料理好き」と判断。かぼちゃを丸ごと1個あげても余裕で使い切ることだろう。少し勇気を出してチャイムを鳴らし、子育てに忙しそうな夫婦にかぼちゃを渡した。遠慮も恐縮もなく、きさくに受け取ってもらった。

おすそわけには2つの喜びがあると思う。ひとつは、貨幣経済から少し距離を置きながらも活発に「経済」活動ができたという実感だ。「生活を営むための活動」を経済と定義するならば、お金を介さない経済もある。もちろん、ゼロ円生活などはありえないし、その必要もないのだが、ときどきでも物々交換をしていると心身が楽になる。安心感のようなものを覚える。常にお金を意識している現代生活では、お金を使うのではなくお金に使われているのかもしれない。疲れて当たり前だ。

おすそわけのもうひとつの喜びは、身近な人とのコミュニケーションが濃密になることだ。生まれ育った場所の地域共同体からとっくの昔に離れてしまった身としては、街中を歩いていて挨拶を交わせる知り合いがいるだけでもホッとする。言葉だけではなく物を交換すると、その関係性はより深まると思う。特においしいものをもらった場合は、「いいものを分けてくれた」と気遣いが身に染みる。くれた人の趣味嗜好も垣間見えた気がして面白い。贈り物をしてもらったら返礼をするのがマナーだけど、必ずしも当価値のものをすぐに返さなくていい。くれた相手(豊かな中高年であることが多い)には言葉でお礼をしておいて、何かいいものが余ったときに別の人(忙しい子育て世代など)におすそわけしてもかまわないと思う。

東京駅から新幹線で愛知に帰ろうとすると、駅構内に外国人観光客が目立つようになった。彼らはこれから日本各地で「おもてなし」を受けることになる。しかし、それはお金の対価としてのサービスであることがほとんどだろう。「爆買」「インバウンド消費」などという嫌な言葉もある。せっかく日本に来てくれた人に失礼であり、自分がお金に使われてしまっていることに無自覚な人が発する言葉だと思う。

日本が低成長の成熟社会になったと言われて久しい。お金至上主義はもはや時代錯誤だと知るべきだ。実際、収入や貯金額にこだわっている人は「ダサくてひ弱」と見なされ始めたと感じる。必要最低限のお金は確保しつつ、おすそわけと物々交換の精神で朗らかにたくましく生活していくこと。50年ぐらい前は都会でも当たり前だった暮らし方を少しずつでも取り戻したい。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/toyoomiya/20151217-00052521/

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