全国の児童相談所が今年3月までの1年間に対応した児童虐 待の件数は7万3765件で、統計を取り始めて以来、過去最悪の数字となった。虐待問題をにどう向きあい、子供や親をどう支えていくのか。虐待で保護され た子供などが生活する児童養護施設(東京都葛飾区・希望の家)の施設長、麻生信也さんに話を聞いた。施設では子供たちが「当たり前の生活」を取り戻す一方 で、社会の理解不足や自立への壁など、課題も抱えている。
■子供にとって大切な「当たり前の暮らし」
[画像]「当たり前の暮らし」が毎日続くことが子供たちにとって大事と語る児童養護施設「希望の家」の施設長、麻生信也さん
――「児童養護施設」とは、どういう施設で、どういうお子さんが暮らしているんでしょうか?
麻生:なんらかの理由で家で生活することが難しくなった子供たちをお預かりしています。今は虐待が非常に多くなっているので、家庭で虐待を受けて、 そして保護されて児童相談所を経由してこちらに入所になるという子供たちがほとんどですね。入所しているお子さんの7割ぐらいが虐待を理由にはいってきて いるという状況です。
子供たちへの支援としては、日々の衣食住の提供が仕事の多くを占めていると思います。下は3歳から上は18歳までいます。年齢によってはお弁当が必 要なので、職員は朝少し早く起きて、お弁当を作って、朝ご飯の下ごしらえをして、子供たちを起こして、朝ご飯を食べさせて、そして子供たちを見送ってと (いう生活です)。
残念ながら虐待の家庭だと、きょうご飯がでたけれど、明日は出ないかもしれない。お母さんが怒ったりすれば全てがぶち壊しになってしまい、そして理 不尽な理由で暴力が始まります。(子供たちは)それを体験していますから、「ここはそうじゃないよ、毎日おいしいご飯が出て、毎日温かいお風呂に入って ゆっくり休めるよ」ということを感じてもらうには、いわゆる当たり前の暮らしが毎日続くのが大事だと思っています。それがスタッフの一番の仕事だと思って います。
その他に例えば心理士さんがいますので、心理士さんのところに子供たちが通ってきてセラピーやカウンセリングを受けて、またそれぞれの生活にかえっ ていくということをしています。あるいはソーシャルワーカーの人もいますので、家庭の状況はどうなっているのか、そしてどういったところに手当てをすれ ば、子供がもう一度家庭に帰っていけるのか、プランをたてて実践をしています。
ですから子供たちの日々の暮らしを支えるチーム、それからもうひとつは施設全体として多職種のチームがあり、そこが連動して力をあわせながら子供のケア、それから子供とその家族のケアにあたっています。
――ここ最近ドラマ放送などもあり、児童養護施設への認知度、理解度など、変化はありますか。
麻生:あのドラマはインパクトがありましたよね。子供たちもいろいろなことを聞かれたり言われたりして帰ってきて、我々施設の現場にいるものからす ると、非常に心を痛めたこともたくさんありました。お前の家もああいうところなの?とか、もらわれていくの?と言われて帰ってきた子もいました。だけどや はり、世間の認知がその程度だということについては、我々施設で働くものの力不足もあるだろうと思います。これからそこにも注力していかないといけないと 思っています。
ドラマ云々ということだけではなくて、少し前にはタイガーマスクの現象もあってですね、うちの倉庫にもまだいくつか残っているんです。どうしても、 断片的に施設の情報が伝わっていくんですよね。だけど、全体としての児童養護施設、きょう私の話を聞いてもらえたように、子供たちの生活どうなっています か、とか、どういう風に支援を展開していますかとか、全体の話を聞いてもらえるチャンスがなかなかないんです。だからそのような場を作っていかないといけ ないし、施設の側が発信する様な工夫をしていかないと、子供たちがだんだん生活しづらくなっていくかもしれないと思っています。
■施設出身、自立への壁
――18歳になって、子供たちが施設の生活を終えて社会にでていくとき、どのような問題点、大変さがありますか。
麻生:児童養護施設は児童福祉法で18歳まで、最大20歳までは延長してよいとなっていますが、実際は虐待を受けた子供の保護が優先されていて施設側が一杯なので、18歳で出ざるを得ないという状況が続いています。
――例えば仕事に就こうとか、新しい仕事、転職してみようというとき、親御さんのいない子供だと、例えば保証人などで困ることがあると聞いたことがあります。
麻生:そうなんです。自分がこの仕事に就きたい、あるいはこういう会社に入りたいと思ったとしても、そこに保証人になってくれる親がいない、あるい はアパートを借りて1人でがんばろうと思っても保証人がいないからアパートは借りられないということになると、子供たちは傷ついて意欲を失ってしまいま す。是非そういう現実を知っていただいて、そして仕組みが変わっていければと思っています。
――現実として、親の保証がないと基本的にだめというところでつまずくケースというのは、今でもありますか?
麻生:ありますね。それに代わるような仕組みもあるんですが、だけどそういうことは知られていないので、「(親の保証はないけど)代わりの仕組みでこういうものがあるので、この仕組みでいきたいんです」とお話ししても、「ちょっとうちは」と言われてしまうんです。
――制度として、保証人がいない人のための制度もあるけれども、受け入れ側に知られていない。
麻生:そうなんです、知られていないですね。二の足を踏んでしまうことが多いですね。
――そこはなぜでしょうか。誤解や偏見があるんでしょうか。
麻生:誤解とか偏見があるかどうかはわからないんですけど、(児童養護施設が)充分知られていないというのはあると思います。児童養護施設に、一体 どういう子供が入っているのかも知られていなくて、時として「非行を犯したりするようなお子さんがいるんですか」という質問も受けることがあります。児童 養護施設出身ですと言うと、「なにか昔やったんですか」ということがあったりもします。
親がいれば、両親がいて、あるいは親戚がいて、近所の人がいて、友人がいて、バイト先の知り合いがいて、先輩がいて・・・社会の接点とかつながりっ て普通何本があると思いますが、施設にいる子供たちはそれが非常に少ないと思うんです。まずはその頼っていける親がいないという事から始まり、そうすると 親戚づきあいもほとんどありません。コミュニケーションの力が弱いと友人との関係も薄くなってくる。そうすると少ない社会との接点が1本切れるとあっとい う間に下まで落ちていってしまい、残念ながらあっという間に生活保護を受けなければ暮らしていけなくなったり、時には住むところを失ってホームレスになっ たりしていくケースもあります。家がないので、就職をするときに寮がある会社に入る子が非常に多いんですが、そうすると仕事を辞めるイコール住む家も失う ということになってしまいます。
児童養護施設にいる、あるいは社会的養護を受けているということで18歳での自立を強いられているという状況なので、少なくとも本人が充分力を蓄えて、「よし1人でがんばるぞ」と思えるまでは社会が十分保護してあげるような仕組みができたらいいなとおもっています。
地域の中の施設として
麻生:施設の中で子供たちはよく本当にがんばっていますから、そのがんばっている姿、あるいはその苦しんでいますから、苦しんでいる姿、それを多くの人に知ってほしいと思っています。
私の施設で、地域のお父さんお母さんに本当によくしてもらうんです。
運動会があると、「おかず多く作ったら持っていきな」と言ってもらったりすることもありますし、「うちで今度みんなでプールに行くから一緒にどう?」と 言って、一緒に車でプールに行かせてもらうこともあるんです。地域の人たちにまずはもっと知ってもらい、それがもっと輪が広がっていくと、現状がより正し く伝わっていって、誤解とか偏見あるいは無理解などもなくなっていくのかなと期待をしています。
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