介護保険の入所施設の一つ「老人保健施設(老健)」。本来は、退院後の高齢者が自宅へ帰れるようリハビリなどを行う中間施設。だが、入所期間が長く、特別養護老人ホーム(特養)との違いがあいまいなところも。認知症ケアに特化し、位置付けを明確にしようとする試みを紹介する。(佐藤好美)
2月初旬、神奈川県三浦市にある老人保健施設「なのはな苑」では、多くの人が食事を終え、くつろいでいた。とはいえ、入所者の生活リズムは一律でない。職員の見守る中、これから昼食を取ろうとする男性もいれば、廊下を早足で行き来し、すれ違うスタッフの手を握り締める若年認知症の女性も。ハンドバッグを片手に、にこやかに「トイレはどちらかしら」と問う女性もいる。
入所者は全員が認知症で、半数以上が「日常生活自立度IV」以上と重い。「IV」は「日常生活に支障をきたす症状・行動、意思疎通の困難さが頻繁(ひんぱん)に見られ、常に介護が必要」とされる状態だ。だが、入所者は落ち着いた表情をしている。
◆必要なケア見極め
松浦美知代看護部長は「本人ができる所、できない所を見極め、できない所を補完する介護に努めている」と言う。
例えば、着替え一つを取っても、できない理由は人によって異なる。腕や足のまひが原因なのか、着替える気分ではないのか。認知症で着替えができない場合も、衣類を着る順番が分からない人もいれば、ボタンを留められない人もいる。「片方の袖を通せば、あとは自分で着る人もいるし、『上着だよ』と見せて、着る順番に手渡せばできる人もいる。全て介助して着せようとすると、認知症の人は何をされているか分からないので混乱し、抵抗したり拒絶したりする」
歯磨きも、自分でできる人、歯ブラシを渡せばできる人、ペーストをつけて渡せばできる人によって介助の仕方が異なる。同苑では介護職が必要な支援、具体的な援助内容を入所者ごとに記載したカードを携行。その人に合う方法でケアする。
◆見守りなしで歩行
精神科病院を退院してきた人の薬の減量もする。横須賀市に住む原田誠一さん(33)=仮名=は、父親(66)の精神科病院での処遇を見かねて同苑に相談。入所を受け入れてもらった。
父は2年前、認知症の中でもケアの難しい「前頭側頭型認知症」と診断された。家族の顔が分からなくなり、「出て行け」と言って暴れたり、「変なやつがいる」と叫んだり、家のドアを外してしまったりした。
だが、精神科病院に入院すると、拘束され、薬を大量に投与され、歩くことも話すこともできなくなった。面会に行ったある日、珍しく焦点の合った父が薬を手にして言った。「これ飲むと、おかしくなるんだよな」
原田さんは「あのまま拘束されていても良くなるとは思えなかった。とにかく、早く出してあげたいと思った」。なのはな苑が受け入れてくれ、父親が退院する際、病院側は薬を5、6剤に減量した。それを、同苑の常勤医がさらに減量。今は薬剤はない。歩けなかった父が見守りなしで歩けるようになり、介護職に話し掛けるようになった。以来、父は同苑と家とを往復する生活が続いている。
父が突然、食べなくなったときもあった。当初は症状を書いた紙を持って総合病院にかかった。「父は説明できないから、体に問題があるのか、気持ちに問題があるのか分からない。でも、病院は『来られても困る』というふうだった。認知症を診たくないのだろう。このまま死んでしまうのかと思った」。結局、同苑に3カ月入所し、食べられるようになって帰ってきた。ホットミルクやバウムクーヘンなどで栄養を取ることも教えてもらった。
今は表情も落ち着いている。介護する家族の頼りは、なのはな苑が緊急入所に対応してくれることだ。「母が介護に耐えきれなくなると、融通して入所させてくれる。拘束しない方針でやってくれるのが良い」
■ケア方法を伝授、緊急避難も
厚生労働省は平成24年に老健本来の役割である在宅復帰機能を強化するため、介護報酬に「在宅強化型老健」を新設した。在宅復帰率50%以上などの要件があるが、該当する老健は全体の5%程度にとどまる。なのはな苑はこの一つ。
ただ、同苑を退所後に自宅での生活が定着する人は1割程度。多いのは、退所後、しばらく家で過ごし、再び施設に帰ってくる『往復利用』だ。同苑では3~6カ月の長期入所に対して、要介護が重い4、5の人で2週間超の帰宅、要介護1~3の人で1カ月超の帰宅を目指す。100床のベッドに対して、現在の利用者は約200人。みんなが特養並みに長期入所をすると、利用できる人が限られてしまう。「短期間でも家族と一緒の時間を過ごしてほしい」との意図もある。
ただ、松浦部長は「入所の時点で『もう一度、家で受け入れたい』と言う家族はいません」と明言する。重い認知症の人の介護は、家族にはトラウマになって残るからだ。しかし、本人が入所から2~3週間で落ち着き、表情が変わってくると、家族からは「もう一度、頑張ろうかな」という声が出るという。
帰宅のためのもう一つの要素は「家族が希望するとき、いつでも入所できる環境」だという。同苑では家族からSOSがあったら、別の利用予定者に入所を遅らせてもらったりして受け入れる。「家族はたいてい協力してくれる。みんなお互いさまだと思っているから」
老健の役割は不明確になっている。松浦部長は、地域に認知症ケアを普及させていくことだと考えている。「家族や地域の人にケアのノウハウを伝えることで、軽い人は家で住み続けられる。特養などで断られてしまう認知症の重いケースを引き受けることも老健の役割だと思う」
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