今週も母乳がテーマです。母乳には、赤ちゃんの成長に必要な栄養がバランスよく含まれます。さらに、産後から3~4日間の「初乳」には、赤ちゃんの抵抗力を高める免疫物質も含まれており、病原菌の感染を防ぎます。また、授乳時に分泌されるホルモンが、子宮を元の大きさに戻し、産後の体の回復を早める効果もあります。そもそも、母乳を飲ませるのは何よりのスキンシップで、母子の「絆」も深まると考えられます。
しかし、母乳から微量の放射性物質が検出されたというニュースを聞き、授乳をやめたお母さんも少なくなかったようです。実際は、バナナなどに含まれる天然の放射性物質(放射性カリウム)よりはるかに少ない量で、健康影響はまずないと言えます。
一方、先週書いたように、母乳に含まれるHTLV1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)というウイルスへの感染が主な原因となり、毎年1000人近い人が「成人T細胞白血病」で亡くなっています。同じ母乳に含まれるがんの危険因子ですが、HTLV1は、放射性物質と比べて桁違いに大きなリスク要因です。
HTLV1が検査で陽性だった場合、授乳を避けることで赤ちゃんへの感染を予防することができます。ところが、やみくもに授乳を避けることは、「乳がん」という別のリスクを抱えることにつながります。授乳は、乳がんの発生を減らしてくれるからです。
乳がんの女性5万302人と健康な女性9万6973人を比べた疫学研究があります。研究結果によると、出産人数が1人増えるごとに、乳がんのリスクは7%ずつ下がっていました。さらに、出産人数が同じ場合でも、授乳期間が1年長くなるごとに、乳がんのリスクは4・3%ずつ低くなることが分かりました。
先進国と比べ、開発途上国では乳がんは少ないのですが、この差は、出産回数と授乳期間という二つの要因だけで、ほとんど説明できることも分かりました。仮に計算してみると、先進国の女性が平均2・5人の赤ちゃんを産み、今より半年長く授乳を行えば、毎年乳がんの5%を予防できることになります。
母乳一つをとっても、「正しく知る」ことが大切です。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/medical/20120226ddm013070017000c.html