小型の無人飛行機「ドローン」の規制をめぐり、政府内が揺れている。首相官邸屋上で発見された事件などを受け、内閣府が大慌てで規制に動く一方、ドローンやロボットの普及・開発を支援し、新たな市場形成を目指す経済産業省は、過度な規制に「待った」をかけたい考え。無人機の開発技術では米国や中国に水をあけられており、規制強化でその差がさらに開くことも懸念されるためだ。
ドローンの運用規制をめぐり、内閣府を中心に登録制や免許制で取り締まる動きがあることに、経産省のある職員は「登録制や免許制はナンセンス。効果はほとんどないだろう」と断言する。
まず、購入時に名前や住所を登録させる登録制については「ドローンはインターネットなどで部品だけを購入して作ることも容易。全てを登録して管理するのは不可能」と指摘。「ドローンだけでなく、同様の機能を持ったラジコンヘリなども登録制にする必要が出てくる」と疑問点を投げかける。
免許制についても「操作が簡単ならば誰でも免許が取得できる。免許制にして何を制限できるのか」と手厳しい。官邸屋上でドローンが発見された問題についても「規制不備による問題ではなく、警備上の問題」と強調。「過度な規制はさまざまな可能性を阻害する」と訴える。
経産省は、ドローンの技術に期待を寄せている。「地方創生特区」では、秋田県仙北市の国有林をドローンの実証実験場として選定した。5月には幕張メッセでドローンの国際展示会も行われ、訪れた内閣府の小泉進次郎政務官が「リスクばかりが報じられているが、どうやってよりよい社会づくりに生かすかという視点を忘れてはいけない」と述べるなど、経産省を後押しする発言も出始めた。
経産省が焦る理由の一つには、規制緩和にもたついた結果、普及や技術革新に影響を受けた苦い過去があるからだ。例えば、昨年12月にトヨタ自動車が世界で初めて量産販売した燃料電池自動車(FCV)。二酸化炭素(CO2)を発生せず空気も汚さない“究極のエコカー”とされる。2002年12月に同社がリース販売を開始しており、当時の首相だった小泉純一郎氏が首相官邸に納車されるなど、政府お墨付きの次世代自動車の最有力候補として普及が期待されていた。
だが、爆発しやすい水素を取り扱う厳しい安全規制が普及への足かせとなった。日本では高圧水素を取り扱うFCVや水素スタンドに関して、経産省の高圧ガス保安法、国土交通省の道路運送車両法など多くの法律で規制されていたためだ。一方、欧米では普及に向け制度面で柔軟な対応をとったことで、「ドイツでは水素ステーションのインフラ整備が日本より2、3年は進んでいる」(業界関係者)という。
安倍晋三政権下の13年になって、ようやくFCV普及に向けた水素容器規制の抜本的見直しが行われることになったが、経産省の関係者は「もっと柔軟な規制緩和を実施していれば、FCVの本格導入を早められたはずだ」と唇をかみしめる。
ドローンなど無人機に関する技術で日本は欧米と中国に後れを取っているのが実情で、このことが日本が焦るもう一つの理由となっている。米家電協会(CEA)によると、商用ドローンの世界市場は20年までに10億ドル(約1240億円)と現在の約12倍に拡大する見通し。25年に8兆円の巨大市場に成長するとの試算もあり、今後、激しい開発競争が繰り広げられることは確実だ。経産省はドローンなどロボット関連の規制緩和で二の足を踏めば、この巨大市場を米中に席巻されかねないという危機感が強い。
米アマゾン・ドット・コムや米グーグルは長距離を飛行する宅配用ドローンを開発し、実証実験を始めるなど先端を走る。一方、低価格品で攻勢をかけるのは中国企業。官邸屋上に不時着した機種も中国の大手ドローン製造ベンチャー、DJIの人気機種「ファントム」だった。価格は数万~約20万円で、すでに世界では100万台以上、日本でも5万台は売れており、小型のドローン市場で世界シェアの7割程度を押さえているとされる。官邸での騒動が販売に水を差したかと思いきや、結果はその逆。同社商品の認知度は高まり、販売も好調という。
実は国内外のドローンメーカーの大半はベンチャー企業だ。それゆえ、海外企業に買収される可能性も高く、日本の最先端技術が海外に奪われる危機感も経産省にはある。記憶に新しいのは一昨年、元東京大学の助教授2人が中心となって立ち上げたベンチャー企業「SCHAFT(シャフト)」を米グーグルが買収したこと。シャフトが開発したヒト型ロボットは、米国防総省国防高等研究計画局(DARPA)主催の災害救助ロボットコンテストで優勝。日本では相手にされなかったロボットベンチャーが、海外の巨大資本を受け、大きく飛躍した瞬間だった。
規制が厳しい日本ではビジネスチャンスがないと見限り、海外市場を足がかりにしようとするベンチャーが増えていることも、経産省にとっては頭の痛い問題だ。これはロボットやIT分野だけに限らない。例えば医薬分野では、日本の法律では認可されない医薬品を開発し、海外に売り込むバイオベンチャーが増加傾向にあり、海外企業と提携するケースも散見される。
世界トップレベルの研究者たちが集まる国内ベンチャーが、米シリコンバレーの巨大資本に買収されることは珍しくなくなってきている。経産省は「この流れを止める意味でも規制緩和は重要な意味を持つ」と訴える。(西村利也)
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