どんなキャリアルートをたどれば、人は「最高に」成長するのだろうか。それについてのヒントをくれるのが、スウェーデン発祥で家具小売り世界最大手のイケアだ。
イケア・ジャパンでは、2014年9月に「全従業員を正社員化」し話題になったが、それも従業員のキャリア開発の一環といっていいだろう。これ以外にも、イケアには一直線ではなく「ジャングルジム型」に進むキャリアプランといった、独特の「人を伸ばす」取り組みがある。なぜ、イケアはその方法を採るのか? 前回記事に続き、カントリーHRマネージャーの泉川玲香氏に「イケア流の秘密」について聞く。
※前回記事:「なぜイケアの人は活き活きとしているのか?」はこちら
なぜイケアは全従業員を正社員化したのか?
イケア・ジャパンでは2014年から全従業員の正社員化を始めました。おかげさまでこれまでに多くの反響をいただいています。
日本企業にはあまりない制度のようで、よく質問をよくいただくので、少し経緯からお話しさせてください。
基本的にはイケアは、全世界で、全従業員を正社員化するというスタンスを取っています。しかし、実際にはイケアの海外店舗では正社員以外での雇用を行っている国も多いのです。イケアは世界28カ国に展開しており、それぞれの国に合わせた体制を行っていく必要があるからです。
実際、日本においても、外国からやってきた企業が突然、日本市場の慣習と大きく異なる制度を入れるのが、はたして日本を尊重するという意味で正しいのだろうかという議論がありました。そこで、最初はパートと正社員を分けていたのです。「郷に入っては郷に従え」と。
本格的に正社員化の方向で動き始めたのは、2年ほど前からです。日本進出10年を迎えつつあり、2014年で8店舗となって、日本の市場である程度、受け入れていただいたと考えました。さらに2020年に向けて14店舗、15店舗……というビジョンが見えてきた中で、「人に成長の機会を届けていきたい」ということを考えたときに、今の人事システムがイケア本来の思いとズレているのではないか、と感じるに至ったのです。
たとえば、週に15時間勤務の人がいたとします。その場合に、15時間しか働いていないから、もっと長時間働いている人に比べてお給料が違いますよとか、あなたに対してはあまり期待していないですよというのは、私たちの思いとは大きくズレているわけです。同じ仕事をしているのであれば、同じお給料を払うべきだし、その時間が週に40時間であろうと20時間であろうと、時間数によってその人の能力が変わるわけじゃない。そう思っていますから。
会社が従業員にかける期待値は、全員に等しい
今回の正社員化制度の大きな骨子は、「同一労働同一賃金」です。パートタイマーという言葉はもう私たちにはありません。そして、有期雇用だったものを無期雇用に変えました。会社が従業員に対してかける期待値は全員に等しいのです。
たとえば、子どもを産んで職場に帰ってきた女性が、「子どもの面倒を見ることを優先したいから週に40時間は働けない」と言ったとしましょう。でも、だからといって、子どもを産んだその人の、“仕事をする能力”が落ちているわけではないですよね。男の人の例だとしたら、ひとりっ子で、自分の両親がいきなり2人とも倒れて介護をしなくてはならなくなったとしましょう。どうしても自分の時間を介護に充てたいので、これまで週40時間だったのを20時間で働くと。
イケア・ジャパンのこれまでの体制だと、こうした要望にすべて対応することは厳しかったかもしれませんが、今回の制度変更によって、各個人が自分のライフステージに合わせて、働く時間を調整することが可能になったのです。
社員一人ひとりが平等で、自分のワーク・ライフ・バランスをしっかり持ちながら生きる。それが最終的にはイケアの理念である「より快適な毎日をより多くの方に」ということにつながると思っています。
ライフステージは、人によって違いますよね。25歳で結婚して子どもを産む人もいれば、45歳になって伴侶を見つける人もいる。一生、ひとりでいたいと思う人もいる。多様な人たちが、男女、国籍、年齢にかかわらず、自分のライフステージに沿った働き方ができるようにしたいと思いました。いつでも、どこでも「成長できるよ」という思いを、制度に落とし込んでいるのです。
これまでパートタイマーだった人にも、ボーナスや年金がつきます。ただ、お正月とかゴールデンウィークのようなピークのときだけ、シーズンスタッフを採用させていただいています。なので、100%完全に正規雇用ではないのですが、ただ、理念としてはこれまでにお話したとおりです。
全従業員の正社員化は、私たちにとっては「投資」だと考えています。お店を建てるために土地を買うのは、ビジネスとして最終的におカネを生む場所と考えての投資ですよね。人におカネをかけるのも同じです。
なぜ投資するかといえば、最終的にその投資はお客様にとってもプラスになると信じるからです。従業員が伸びることは、お客様に喜んでもらえるサービスがもっと提供できるということ。お客様が増えれば、最終的に私たちの企業にリソースを返してくれる。その循環をすごく大事にしたいと思っています。
2012年や2013年ごろ、パートタイマーの離職率は30%前後でした。年や店舗によってかなり違いがあり、学生さんのアルバイトが多い店は離職率が高かったりするのですが、平均するとそのぐらい。一方、フルタイムで働いていた人の離職率は1.5%ほど。現在の制度がスタートして数カ月ですが、この数カ月だけ見ても、パートタイマーだった人たちの離職率は下がる傾向にあると思います。プラスに作用しているという感触を、十分に受けています。
キャリアの「次のステップ」を促す
さて、イケアでは、新しいポストにチャレンジするため、数年で人事異動をするという取り組みも行っています。2~5年ほどで、部署やポストを異動する制度です。
私自身も、人事マネジャーとしてイケアに入社しましたが、ストアの人事を2年、本社の人事を2年勤めて、その後はイケア新三郷のストア・マネジャーを4年間。その後で今、再び全体の人事をみています。
いろいろな部署を横断してキャリアを積んでいく理由は、たとえば、ある部署の人が次の人を育てた後でそのポジションを抜けると、次の人がそのポジションに就くことができます。そのポジションを抜けて次の部署へ行った人も、同じ部署内で次のポジションに就いた人も、次のポジションに就くことはコンフォートゾーンを抜けて次のステップを踏むこと。成長につながりますよね。
コンフォートゾーンにいてはいけないということではありませんし、9年間、同じ部署にいて成長をしている、という人もいます。ただ、ライフプランの中で大きく成長を求める時期であれば、次のポジションに挑戦することを奨励しています。
そんなに異動をすると、仕事の引き継ぎが大変では? その分がコストでは?と思われるかもしれませんが、そもそもそれがコストだという考え方をしないのがイケアです。何と言ったらいいか難しいところですが、トレーニングのようなものだと思います。成長するうえで、当たり前に行われなければいけないものだと考えているのです。
この制度が組織全体にもたらすメリットもあります。多くの従業員がいろいろな部署を経験していると、誰かが急に欠けたときに対応しやすいということがあります。本社勤務でも、ストアの人員が足りなければ急にキャッシャーやレストランの対応をするとか、そういうこともあります。チームワークがよくなるのです。
ジャングルジムは、上っても下ってもいい
また、イケアのキャリアの描き方は「ジャングルジム」なのですね。横方向が部署で、縦方向がキャリア。同じ部署を一直線に上がっていくわけではなくて、いろいろな部署を平行に移動したり、少し上がったり、ライフプランによっては少しペースを落として下がったり。
……といっても、上がる下がるという言葉自体がおかしくて、マネジャーになることイコール「上がる」ということではないと思います。責任の範疇が重くなるから、それだけ支払われるということであって、それを選択するかしないかは、自分のキャリアをどこへ持っていきたいかによります。
それぞれの人間が異なるライフステージを行くときに、それを受容する受け皿が会社にはあります。それがジャングルジムです、そういうメッセージなのです。
「大学生の頃からイケアでアルバイトしていて、その後、チームリーダーになって、マネジャーになって、ストアマネジャーを目指します」という人がいてもいいし、「転職してストアの部長になりました。子どもを産んだけれど同じペースで仕事をします。子どもが大きくなったので、ストアマネジャーをやります。でもその後は、もう一度大学に戻りたいので少しペースを落とします」という人もいていいよと。
日本だと、大学を出たら就職するという人が大多数ですよね。でもスウェーデンなどでは、高校を出て大学に行かず、何年か仕事をしてから大学に行くという人がいたり。その人の選択次第なのですね。そういう考え方を、イケアではすごく尊重しています。だから、「私はこうしたいと思っているけれど、会社側としてはどのような選択肢がありますか?」と従業員がはっきり聞いたり、言ったりできるのです。そのことは、日本においてはユニークだと思われることも多いと感じますね。
今日も、育休中の女性社員から「復帰まであと半年ですけど、将来的な話をしたい」と言われて話をしてきました。お互いの意思確認やポジションの相談といったことです。復帰までの間、何度か話し合い、復帰に臨みます。
これまではマネジャーで短時間勤務を選んでいる人がいなかったのですが、昨年9月に短時間正社員制度を打ち出したので、これからはそれも変えていきたいですね。短時間勤務の正社員2人がストアマネジャーを務める、というような例をつくっていきたいと思っています。
(構成:小川たまか、撮影:梅谷秀司)
※次回は4月1日(水)に公開します
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