これまでの就労支援だけでは、「引きこもり」などの様々な課題を抱えた当事者を社会につなげることは、なかなか難しかった。
心の傷を負い、社会的に撤退して行った結果、引きこもらざるを得なくなった人たちのすべてが、公的な目的の期限の中で就労につながれるわけではない。社会に出たい、自立したいと思いながら引きこもる人たちには、様々な背景があり、それぞれのペースもまったく違う。
そこで、当事者の目線で、本人のペースに配慮しながら、本人の望む支援を一緒に設計していくことが必要になってくる。
最近、行政の相談窓口に、縦割りの弊害をなくしてワンストップで対応していこうという流れが、少しずつ広がりつつある。
2月2日、生活保護などの受給や相談に携わる、東京都町田市役所の福祉事務所にもハローワークの出張窓口が設置された。
この窓口は、厚労省が昨年度から進めている、ハローワークと福祉が連携したワンストップ型の支援体制を全国的に整備し、 生活保護受給者などの生活困窮者の就労による自立を目指す「生活保護受給者等就労自立促進事業」だ。
厚労省によると、同じような出張ハローワークは、昨年12月1日現在、全国の自治体の生活保護受給者窓口138ヵ所に常設。今年度中には、合わせて150ヵ所に設置される予定となっている。
ハローワークが設置されているのは、生活保護受給者の比較的多い政令指定都市や中核都市が中心で、設置の意向を示して手を挙げた自治体だという。
支援の対象になるのは、生活保護受給者(申請中も含む)、児童扶養手当受給者、住宅手当受給者などとなっている。
中でも、メインの対象になるのは、受給者のうち、「高齢者」や「母子」、「傷病者・障害者」といった世帯を除く、「その他」世帯。その数は、全体の2割近くを占める約28万世帯に上る。
ただ、今年4月1日以降は、同日施行される「生活困窮者自立支援法」に基づく対象者も含まれることになる。
以前、当コラムで紹介したように、この制度は、全国の福祉事務所のある自治体に、同支援法に基づく窓口の設置が義務付けられるもので、対象者は、経済的に困窮しているという理由だけでなく、「引きこもり」状態の人を含む社会的孤立者、セクシュアル・マイノリティなど、様々な困難を抱える人たちもカバーされる。
しかし、一般の求職者は利用できず、通常のハローワークを促される。
「困窮者に1日でも早く集中的に仕事を探してもらいたい」
町田市生活援護課の担当者は、そう狙いを説明する。
● 生活保護受給者、約50人が相談へ 20代男女2人は面接まで到達
この日、町田市役所1階の福祉事務所に向かう途中の生活援護課のカウンターの上には、ハローワークの真新しい端末が2台置かれ、気軽に手を伸ばして求人情報を検索できるようになっていた。
町田市も、生活困窮者自立支援法に基づく相談窓口は、4月から同課に設置されるという。
また、相談室には、ハローワークから派遣された職員2人が常駐を始めた。
翌3日は、生活保護受給日とあって、受給者の中からも、飛び込みで6人が利用。するなど、計9人が相談。担当のケースワーカーも、利用者と一緒に仕事探しができるなど、寄り添いやすくなったという。
実際、市の生活援護課によると、3日に利用した20代の男女2人が、ハローワークの紹介を受け、面接にまでこぎつけた。
その後、12日現在、50人近くが相談に訪れているといい、本人たちが自立に向けて動き始める“きっかけ”につながっているといっていい。
● 1つの窓口のワンストップ対応で 当事者のやる気につながるか
厚労省によると、全国のハローワークの出張窓口における、今年4月から11月までの利用者は、約2万人に上るという。
厚労省の職業安定局就労支援課の担当者は、こう話す。
「対象者が生活保護受給者ということで、複合的な課題を持っておられる方が多い。就労支援だけでは、なかなか就職に結びつかない。生活面などの課題を抱えた人たちもいる。福祉事務所のケースワーカーと連携して支援していくことが重要になってくる」
福祉事務所にハローワークの窓口があれば、現場での連携もスムーズにしやすい。厚労省の担当者は「自治体からの評判もよいですし、成果は出ているのではないか」と分析する。
もちろん、1ヵ所の窓口においてワンストップで対応できることは、行政の担当者間だけでなく、利用者にとっても利便性の面で意味がある。
実際、社会で傷ついた人たちが、せっかく意欲を持ち始めて、やっとの思いで窓口に相談に訪れても、たらい回しに遭ったり、他団体を紹介されるだけで終わったりして、さらに深く傷つけられていく。そうした度重なる“傷つき体験”が、ますます社会からの撤退を促し、生きる意欲や意味さえも失う“あきらめの境地”へと陥っていく。
誰に助けを求めればいいのか、相談先がわからずに、声を上げることのできない人たちが、水面下には数多く埋もれている。
そうした人たちにとって、やっとの思いでつながることのできた窓口で、自分の望む情報の得られるワンストップ的な対応をしてもらえるのかどうかは、とても重要だ。
ハローワーク町田の担当者も、こう明かす。
「もちろん数字的な上澄みが期待できるというプラス面は大きい。ただ、地道な家庭訪問の末、面談ができるようになって、就労に結びつく人がいます。これまではお誘いしても、ハローワークまで行くのが大変でした。面談で外に出てくることに慣れてきたとき、隣にある端末で、どんな仕事があるのか見てみよう”とやりとりできるのは大きい。相談まで行かなくても、どんな仕事があるのかを見ることによって、想像を膨らませることができる。社会全体で取り組まなければいけない問題なんだと思います」
今回は、福祉サービスと就労支援との連携による小さな取り組みかもしれない。
でも、4月から生活困窮者自立支援法が施行されれば、第229回の連載で紹介したモデル事業の高知市の取り組みのように、相談窓口をネットワークで結び、「断らない」「あきらめない」「投げ出さない」を目指した切れ目のない仕組みづくりが必要だ。
窓口につながった当事者の思いを真ん中に置いて、多様な情報をもつ周囲の人たちが共有し、みんなで難しい課題に向き合っていく。そんな現場でのワンストップの取り組みへと向けた大きな第1歩になることを期待したい。
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