今通常国会で審議が始まる2015年度予算案では、介護報酬の改定が反映されている。
介護保険制度は2000年度に始まり、3年に1度見直しが行われ、2015年度から新たな3年間が始まる。原則65歳以上の高齢者で要介護認定を受けた人は、費用の1割を自己負担すれば介護サービスが提供される。残りの9割は、税金と40歳以上の人が払う介護保険料が財源となっている。
■ マイナス改定で、本当に職員の処遇は悪化するか
今回の介護報酬改定では、2.27%の引き下げとなった。このマイナス改定は、介護関係者を中心に早くも批判的、悲観的に捉えられている。「介護職員の処遇が今後悪化するのではないか」「介護施設の経営が危うくなって、要介護者が施設に入所することが困難になるのではないか」「要介護者が、必要な時に介護サービスが受けられなくなるのではないか」・・。
さらには、26都府県で、この3年間に計画していた特別養護老人ホーム(特養)の建設が中止や延期になったことがあるとの調査報道が出された。その理由には、介護職員を確保できないことだけでなく、事業者に支払われる介護報酬が2015年度から引き下げられて経営の見通しが立たないことも上がっているという。
確かに、事業者に支払われる介護報酬は、総額では2.27%の減少となった。しかし、その内訳には注視すべきである。内訳は、介護職員処遇改善加算を拡充(月1.2万円増額)するための分で1.65%増、良好なサービスを提供する事業者への加算や地域に密着した小規模な事業所への配慮のための分で0.56%増となる一方、各介護サービスの収支状況や施設の規模、地域の状況に応じて、メリハリをつけることでサービスごとの料金を適正化することで4.48%減となっている。
今回のマイナス改定の流れの契機といわれるのが、社会福祉法人の内部留保問題である。
2011年に社会福祉法人が黒字をため込んでいるという報道が出て、同年12月の社会保障審議会介護給付費分科会において、特養を運営する社会福祉法人の内部留保は、1施設当たり平均約3.1億円(2010年度決算ベース)であることが報告された。
事業者が受け取る介護報酬には、前述の通り税金も投じられており、特養はそれを主だった収入源としていることから、2013年には会計検査院による検査も行われた。会計検査院の検査を踏まえて指摘を受ければ、各省庁は有無を言わさず是正を迫られる。
■ 介護職の離職率は改善、他の産業とさほど変わらず
その背景として、介護事業者の収入に比した利益の大きさといえる収支差率(=(収入マイナス支出)÷収入)をサービス別にみると、2013年度決算では、介護老人福祉施設では8.7%、通所介護では10.6%となっており、一般の中小企業の収支差率が2.2%(2012年度)、全企業でも4.0%であることに比して高水準である。
税金を元手とした介護報酬が主たる収入源となっている施設で大きな内部留保を貯めているのは、そもそも介護報酬が手厚すぎるからではないか、という機運が高まった。
ただ、そうはいっても、介護職員の人手不足は深刻である。介護職の有効求人倍率は、直近では2倍を超えている。団塊の世代が75歳以上となり要介護者がさらに増えると見込まれる2025年には、人手不足がもっと深刻になるとの予測もある。人材を集めるには、介護職員の給与をもっと上げなければならないとの声もある。
介護事業者は、これまでの介護報酬のアップによって経済力が増しているのに対して、介護職員の人手不足が深刻になっているというアンバランスな状態をどう克服するかが、介護保険制度の目下の課題である。
介護報酬をプラス改定にすれば介護職員の給与が上げられる、との主張もあるが、実際にそうだったのか。過去に、介護職員を処遇改善する特別策を設けずに介護報酬をプラス改定した時は、介護事業者の収支差率は軒並み改善したが、介護職員の給与はあまり増えなかったという。財政当局にも、介護報酬を全体的に増やしても、ただちに介護職員の処遇改善にはつながらないという認識がある。
そこで、2009年度から、介護報酬体系の中で「介護職員処遇改善加算」を設けて、これを増額することで、事業者が介護職員の処遇を改善するインセンティブを与える形にした。その頃から、介護職員の処遇は次第に改善されてゆき、介護職の離職率はかつて20%を超えていたが、2013年度には16.6%と産業計の15.6%とさほど変わらない水準にまで低下するに至っている。
今回の介護報酬改定では、介護職員処遇改善加算が増額された。また、良好なサービスを提供する事業者への加算や、地域に密着した小規模な事業所への配慮も盛り込まれた。それとともに、政府の説明では、安定的な経営の確保に必要な利益率(平均で4%程度)を確保するような介護報酬の配分をすることとしている。社会福祉法人の内部留保をすべて吐き出せという話ではない。
■ 高齢者は年3000円の「負担減」、40~64歳にも恩恵
確かに、介護関係者にとっては、介護報酬がプラス改定であるに越したことはないだろう。しかし、もしプラス改定をした場合にその裏表の関係として、国民の税負担と介護保険の負担の増加が伴うことを忘れてはならない。プラス改定になれば、その分だけ介護保険料も引き上げなければならないのだ。
今回、もしマイナス改定にしなかったなら、65歳以上の高齢者が支払う介護保険料は、2015年度から、全国平均で月5800円程になる見込みだった。この介護報酬のマイナス改定により、全国平均で月5550円程に抑えられる見込みとなった。つまり、介護保険料は、年間で1人当たり約3000円負担が軽くなった。
この負担減の恩恵は、65歳以上の高齢者だけでなく、同じく介護保険料を負担している40~64歳の人にも及ぶ。我々は、介護保険をめぐる給付と負担の両面を合わせてバランスよくみてゆく必要がある。介護給付を抑えても介護の質を落とさない工夫の余地はまだ残されている。
今後、高齢者が増える地域での介護施設の確保や、介護職員の人手不足解消は、宿題として残された。介護施設の確保は、「待機老人」を増やさないようにするためにも必要だ。
ただ、現在、特養の設置者は、地方公共団体のほかは社会福祉法人に限定されている。この社会福祉法人の「特権」も、先の内部留保問題に火に油を注いだ形になっている。特養の設置者に、営利法人を参入させるかどうかも問われるが、社会医療法人など他の非営利法人すら参入できないのが現状であり、改善が求められる。
前述した26都府県の例をみれば、施設設置に支障をきたしているのは、介護報酬引下げというより、現行のまま地方公共団体と社会福祉法人だけしか特養が設置できないという制度に限界があることは明らかである。
介護職員の確保も重要な課題である。もちろん、介護職員の給与を引き上げることで一部は解決できるだろう。しかし、介護事業者側の努力も不可欠だ。介護保険制度で圧倒的に多い小規模事業者が、規模を拡大(事業者同士の合併や業務提携など)させて、介護事業で「規模の経済」を発揮させることを通じて、処遇改善も図られよう。
東洋経済オンラインでの拙稿「変更必至の介護制度、今後の主役は市町村」でも述べたように、2025年までに地域包括ケアシステムを実現させるための取り組みは、まだまだ続く。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150209-00060171-toyo-bus_all