長岡市岩田地区「勝保河内(かつほこうち)」の棚田の中央に数本の木がある。中越地震の後、山から流されてきた木々が、根を張ったのだ。地域とともに大きく育った木は、いつしか「奇跡の木」と呼ばれるようになり、里山復興のシンボルとして愛されている。
勝保河内は斜面に挟まれた長さ900メートル、幅数十メートルの細長い地形に約1・8ヘクタールの棚田がある。上流の小さな滝から流れる水や湧き水を使って、農業生産法人あさひ農研(長岡市朝日)が稲作を行っている。収穫した米の8割以上は、朝日酒造(同)の酒造りに使われている。
のどかな里山に平成16年10月23日、中越地震が襲った。斜面が崩落し、大量の土砂が流れ出し、水路を埋め尽くした。あさひ農研の松井聡社長(56)は自宅が全壊。約2週間、近くの駐車場の車の中で過ごした。とはいえ棚田のことを思うと気が気でない。発生から数日後、現地に向かった。
田んぼが地割れし、陥没した場所に落差ができ、水が滝のように流れ落ちているのを目の当たりし「とんでもない状態だ」と驚いた。
どう復旧させようか悩んでいた。すると翌春、雪が解け始めると、雪の上に乗った数本の木が「生け花」のような状態で水浸しの田んぼに滑り落ちてきたのだ。
樹種はミズナラやウワミズザクラ、ウリハダカエデなど。田んぼに浮いた木々は「海に浮かぶ孤島」のようだったという。
松井社長は当初、「原状復帰」に向けた復旧作業を配慮し滑り落ちた木々の撤去も考えた。だが、「山の植物が集約された形で滑り落ちた。自然の記憶も残してほしい」という声が強まり、朝日酒造と協力して「復興のシンボル」として維持・管理することを決めた。
あさひ農研は17年秋、周囲に溝を掘るなど水浸しの田んぼからシンボルを守る作業に着手すると、木々は徐々に緑の葉を茂らせていった。
ホタルの生息環境を守る「越路ホタルの会」(事務局・朝日酒造)によると、中越地震で勝保河内のホタルの生息数は激減した。
だが近年、地震前の800匹以上(夏の定点観測)に回復したという。木々に配慮した復旧が生き物にも心地よい環境に結びついた結果だ。朝日酒造の松井進一参与(64)は「地震は里山の生き物の生息にも不安をもたらした。だが、こうして復活した現状を知るとともに、稲作体験を通じ自然を守る大切さを知ってほしい」と語る。
あさひ農研は奇跡の木を囲む田んぼを稲作体験の場として提供している。現在、朝日酒造の日本酒塾OBが作る「千楽の会」が田植えから稲刈りまでを体験している。
松井社長も年2、3回奇跡の木を訪れる。草刈りをしながら、「復興のシンボルとして存続し里山を守る大切さを後世に伝えたい」と決意を新たにしている。
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