知らないうちに子どもの「番号」が盗まれ、本人になりすまされていたら。日本で導入される共通番号(マイナンバー)制度に似た制度を使っている米国で、番号の盗用による被害が深刻化している。未成年が狙われやすい「ID泥棒」は、音を立てずに忍び寄る。
テネシー州に住む大学生のオリビア・マクナマラさん(21)が、初めて自分名義のクレジットカードを作ろうとしたのは3年前、高校を卒業する直前だった。
だが、審査が通らなかった。別のカード会社でも、やはり駄目。何が問題なのか、問い合わせても分からない。ID盗難を専門に調査する会社に依頼すると、信じがたい答えが返ってきた。
〈あなた名義のクレジットカードやローンが42口座あり、150万ドル(約1億6千万円)の借金があります〉
誕生時に自分に割り当てられた社会保障番号(ソーシャル・セキュリティー・ナンバー=SSN)で、複数の人間が巨額の借金をしていたのだ。
被害は9歳の頃から続いていた。「誰がどう番号を盗んだのか分からないけど、子どもの頃に病院や夏季合宿で何度となくSSNを聞かれたから、誰かが悪用しようと思えばできたでしょう」
悪夢は続いた。信用履歴は見かけ上は「最悪」なため、あらゆる経済活動ができない。警察に被害を届け、金融機関宛ての供述書を数えきれぬぐらい書き続けたが、まだ捜査は終わっておらず、カードは手にしていない。
現金よりカードが多用される米国では、日本以上に個人情報の盗用、IDセフト(泥棒)が広がる。民間調査機関の調べでは、2013年のID盗難被害者は全米で約1310万人と前年比50万人増。被害総額は180億ドルにもなる。
なかでもSSN盗用によるなりすましは、ネット社会化に伴って増加している。SSNと住所、氏名が分かれば、カード作製、住宅ローン申し込み、就職、運転免許証の取得にまで悪用できる。
子どもが狙われるのは、借金歴などがなく、成人して被害に気付くまでに長い期間がかかるためだ。実際の契約の際には、番号の持ち主の実年齢が確認されないことも多い。ID盗難に詳しい専門家の推定によると、毎年50万人以上の未成年が被害に遭い、半数は6歳以下とみられる。カーネギーメロン大学の調査では、生後5カ月の被害者もいた。
表に出ない被害も多いと考えられている。「離婚で別居した親、養父母、さらに困窮した実の親が悪用することもある。家族内犯行は、子どもの心に悪影響をもたらします」と被害教育を進めるスーザン・ビーチマンさんは話す。
ネットを通じてIDを盗み、不法移民に転売する組織的犯罪も目立つ。ユタ州政府が公的扶助を受ける未成年のSSNを調査したところ、れんが職人やウエートレスをしている「子ども」たちが見つかった。数千人の成人が未成年の番号を悪用して働く資格を得ていたといい、9歳児の番号を9人の大人が不正使用していた例もあった。
なぜ、自分が。被害にあったマクナマラさんは今も理解できない。「私の番号が勝手に10年近く使われるなんて。しかも、社会に踏み出そうという時に初めて被害が分かる。こんなひどい仕打ちはありません」(ニューヨーク=真鍋弘樹)
■番号=個人
米国では、戸籍や住民票がなく、9ケタの社会保障番号(SSN)が唯一の本人確認手段となっている。1936年に社会保障給付のために導入されたが、その後、納税者番号としても使用されるようになった。
民間での利用も広がり、運転免許証の取得や、電気・ガスの契約、銀行口座の開設やクレジットカードの作製、住宅ローン申し込みなどにも必要となる。「番号=個人」であり、米国民のほか、合法的に滞在する外国人も持つことができる。
日本で導入予定の共通番号(マイナンバー)は、年金などの社会保障と納税を一つの番号で管理する。民間利用は認めていないが、経済界からの要望も強く、利用範囲について2018年をめどに検討する予定。番号の「便利さ」と「悪用されやすさ」は表裏一体だ。
http://www.asahi.com/articles/ASG8N2D3RG8NUHBI00G.html