パリで何日か過ごすなら、空模様に一喜一憂しないことだ。街路樹の葉をたたき落とすような雨も、ほどなく陽光に譲る。無論その逆もある。それにしても、この夏のフランスは多雨だった。7~8月の降雨量は平年の5割増し、1959年来の記録という。
8月末、風刺週刊紙のカナール・アンシェネに「オランドは雨男」の記事が出た。一昨年の就任式とノルマンディー上陸式典、過日のパリ解放70周年で雨に打たれる大統領の写真を並べ、「ぬれ慣れたところで(難病支援の)氷水かぶりはどう?」。実際、天にまで見放されたかの逆境である。
バカンス明けの大統領は心機一転どころか造反に見舞われ、内閣改造を強いられた。緊縮路線を経済相らが公然と批判したためだ。失業者は340万人と過去最悪、左派政権らしく救おうにも財政難が立ちはだかる。
オランド氏の支持率はドゴール以降の大統領で最低、直近は13%まで落ちた。間の悪いことに、今月初めには別れた女性の手記も出た。見かけによらない氏の冷たさを明かし、不倫を知っての修羅場は〈私はバスルームに駆け込み睡眠薬を……〉と生々しい。
求心力が失せれば仲間が離れ、傘を差し出す側近は減る。「小説家になるのは孤独の専門家になるようなもん」とは開高健の言だが、落ち目のリーダーも孤独では引けをとらない。
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世論調査会社IPSOSのドリド副社長が語る。「オランド氏の巻き返しは経済の実績にかかるが、雇用や購買力がにわかに持ち直す気配はない。彼は議会を解散できないまま2017年までの任期を全うし、次はない。これが最有力のシナリオです」
17年の大統領選では、右翼政党「国民戦線」のルペン党首が決選投票に残る公算が大きい。前任のサルコジ氏ら右派は彼女との「二択」に持ち込み、左派票も集め圧勝する算段だろう。
経済は生き物、為政者の意のままにはならない。消費者、企業、市場など自己の利害で動くプレーヤーを前にして、フランス大統領の絶大な権力も、議会での多数も影は薄い。
人気、政権基盤とも固く、欧州経済を引っ張るドイツのメルケル首相でさえ、成長鈍化の兆しを憂う日々だ。支持率40%にして「低迷」をいわれるオバマ米大統領も、中間選挙を控えて生活苦への目配りを怠れない。
リーダーの命運を握るのは、つまるところ国民の暮らし向きなのだ。
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さて日本である。同じ内閣改造でも安倍首相は、閣内に5人の女性をそろえる「攻め」を見せた。支持率は50%前後あり、孤独や雨には縁がない。
安倍人気は経済政策への期待と株高が支える。金融緩和、財政出動で景況は上向いた。ただ、企業のもうけが賃金や雇用に波及し、津々浦々で消費を押し上げる「成長の輪」は、肝心な部分がまだおぼろげだ。他方、秘密保護法や集団的自衛権など、国家観がにじむ決断は世論を戸惑わせた。前途には消費税上げ、原発再稼働、貿易交渉といった国論二分の難題が控える。
先ごろの英紙フィナンシャル・タイムズに「アベノミクスの矢は的を外した」という論評が載った。「安倍首相は軍事的な復活に関心があり、真の改革者ではなかった。世界が未来を向く時に、過去に活路を探るのは危険だ」と厳しい。社説も「平和憲法の解釈変更とか、お気に入りの仕事にかまけず経済政策に集中を」と促した。
英エコノミスト誌は「歓迎されぬ変化」と題し、日本で勢いづく右派や、河野談話見直しといった「歴史修正」の動きに懸念を投げかける。
経済再生の本道を外れ、復古の脇道で足を取られないか、有事への備えがかえって近隣諸国との仲をこじらせないか。不安の種はそこにある。
国民の平時の関心は、あってはならない戦争より、必ず訪れる明日の暮らしに向いている。そこを見誤ると経済は曇り、支持離れの急雨に遭う。
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