先週、70年ぶりの国内感染が確認されたデング熱ですが、次々に感染者が発見されています。まあ、 世界で年間約1億人の患者が発生している疾患です。熱帯地域では珍しくもなんともない感染症であり、いつ日本に入ってきてもおかしくないと思われていまし た。おおむね冷静な報道ぶりですし、リスコミが上手くいってるなという印象ですね。
かくいう私も、東南アジアで2回の感染経験があります。いずれも、確定診断のための抗体検査を受けておらず、滞在地域で流行していたことと特徴的な 症状による臨床診断ですが……。1回目は20年ほど前のカンボジアでした。激しい頭痛をともなうインフルエンザのような症状で、1週間ほど寝込みました が、それほど苦しむことはありませんでした。
問題は2回目でした。4年前のタイ。身の置きどころのない鈍い全身痛と悪寒が波のように押し寄せ、身体に点状出血が出現しないことを確認しながら (デング熱が重症化する徴候です)、とにかく時間が経つのを待ったものです。何とか1週間ぐらいで解熱しましたが、倦怠感が1カ月ぐらい続いて大変でし た。実はデング熱、2回目に重症化することが知られています。
私みたいな旅行者が発症前に帰国してから蚊に刺されれば、今回のような国内発生も起こりえるわけです(蚊に刺されてからの潜伏期は数日~2週間)。つまり、国内発生は時間の問題だった……、あるいは見過ごされていただけかもしれません。
というのも、これまで日本の医師のほとんどが、デング熱など診たことないので、発熱者が来院しても「デング熱かもしれないな」と考えることがないからです。そして、当たり前のことですが、疑わなければ診断できません。
患者さんが死亡するようなことがあれば、「なぜ死んだんだ!」ということになって、原因究明に力が注がれるでしょう。そしてデング熱という診断に至 るかもしれません。でも、デング熱は海外旅行からの帰国者、とくに途上国旅行ができるぐらい元気な方の感染症なのです。ですから、めったに死亡しません。 最近10年ではスリランカ帰りの53歳男性1人だけです(デング出血熱/デングショック症候群に真菌感染症を合併し死亡した日本人症例)。もっぱら、「あの若者の高熱は何だったんだろ~ね」で終わりだったでことしょう。
さて、今回、明らかになったアウトブレイクですが、いまのところ感染のフォーカスは代々木公園周辺に限られているようです。全国で発見されていると はいえ、全国に拡がっているわけではありません。そして幸いなことに、日本は蚊が発生しにくい秋を迎えますので、このまま日本に定着する可能性は極めて低 いと私は思います。
ただ、今回のことを教訓にして、私たちはデング熱に対する予防をしっかりとれるようになるべきですね。次がきっとありますし、気を抜けば全国に拡大 させてしまうことも起こりえます。実際に、太平洋戦争開戦直後の日本では、約20万人が発症するほどデング熱が流行したことがありました。つまり、そうい う風土はあるという自覚が必要なのです。当時は南方の戦線との行き来が活発となり、デング熱に罹患した復員兵が少なくなかったからだと思われます。
昭和18年5月8日、当時の厚生省は「デング熱予防に関する件」と題して、都道府県の衛生担当者に、次のような通達を出しています。
- 医師がデング熱と患者を診断した場合、市町村長に届け出ること。
- 患者は発病後5日間、昼夜、蚊帳の中で静養するように指導すること。
- 患者が静養しているかどうか、衛生担当の役人が監視すること。
- 患者が発生した所から半径300メートルの範囲内は、蚊の発生を極力予防すること。
この他、一般国民向けに、蚊を撲滅するためのパンフレットも作られました。例えば「防火用水槽でメダカや金魚を飼育すること」といった例示もありま した。ボウフラを食べさせる目的です。江戸時代から整備されていた都市の防火用水槽は、この頃からボウフラの発生源として注目されたのです(防火用水槽が 完全に一掃されるのは1955年の「蚊とハエのいない生活実践運動」を待ちます)。
あと、殺虫剤も大きな役割を果たしました。当時は除虫菊から作られた蚊取り線香ですが、蚊帳とともに日本国内で広く使われていたことも、デング熱撲滅に役だったと考えられています。
こうして、感染者の保護と媒介蚊の発生抑止という、徹底した市民レベルでの対策により、昭和17年にはじまったデング熱の国内流行は、3年間で抑え込むことに成功したのです。
あの時は南方における戦争が原因でしたが、現代は平和な交流の活性化によって、ふたたびデング熱が日本に持ち込まれました。感染された方はきつい思 いをしたでしょうが、まあ、いい時代だなと私は思います。そして、あの苦しい時代にだって鎮圧することができたのですから、いたずらに怖れることなく、正 しい知識をもって、やるべき対策を地道に重ねてゆけばよいはずですね(厚生労働省:デング熱に関するQ&A)。
まずは、蚊に刺されないように心がけてみませんか? デング熱に限らず、世界には蚊が媒介する感染症がたくさんあるのです。うがいや手洗いの生活習 慣と同じで、子どもたちへの健康教育の一部にしてゆきましょう。こうした習慣を日ごろから心がける国民性が受け継がれてこそ、感染症に強い国づくりになる と私は思います。
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以下、虫よけ薬(ディート系忌避剤)と殺虫剤(ピレスロイド)の使い方を紹介します。ただし、薬剤に頼りきることなく、蚊の多い場所での活 動を避けること、入らざるをえないときは肌の露出を避け、明るい色の服を着ること、ムシを引き寄せる甘い匂いの飲み物などを野外で持ち歩かないこと、など の心がけも大切です。
【虫よけ薬(ディート系)の使い方】
・皮膚に塗った量の10~15%が体内に吸収されるため、塗りすぎると気分が悪くなることがある(薬剤性肝炎や脳炎の報告もある)。とくに、体重に対して体表面積の大きな幼児には(親心で)塗りすぎがちなので注意する。
・スプレータイプは、口から吸入してしまうリスクが増すため、手のひらに吹き付けてから、薄く延ばすように必要な部分に塗りつける。口に入れさせないため、子どもの手のひらや顔には塗らない。
・効果持続を期待するなら2時間おきに塗る。汗をかいたら流れているので塗り直す。ただし、子どもは1日に2回まで。大人でも4回を目安とする。
・忌避剤を使用した後に化粧品クリームで覆うと、忌避剤の効果が減弱して体に吸収されやすくなる。日焼け止めなどの化粧品は先に塗るのがよい。
・帰宅後はシャワーを浴びて洗い流す。野外キャンプなどでシャワーに入ることができない場合は、おしぼりで塗った場所をぬぐうようにする。国民生活センターの「虫よけ剤 -子供への使用について-」も参考にしてください。
【殺虫剤(ピレスロイド系)の使い方】
・殺虫剤には、主に噴霧型(キンチョール、アースジェット、フマキラーなど)、線香型(渦巻き型の蚊取り線香)、マット型(ベープマット、アースマットなど)の3種類がある。
・噴霧型の殺虫剤の効果は一過性で、その場にいるムシの駆除が使用目的で、ムシに直接噴霧するか、部屋全体に噴霧して駆除する(6畳部屋なら約5秒間)。そして、網戸にして窓を開け、室内の空気を入れ替えてから入室する。
・線香型は、本来は縁側や庭など屋外で使用するが、屋内で使用する場合には部屋を締めきらないこと。火事や火傷にも十分に注意する。
・マット型は、煙が出ないので室内使用に適している。1枚で約12時間使用できるが、効果は使用初期に高く、次第に殺虫成分の揮散量が低下するのが弱点。
1970年、福岡県生まれ。地域医療から国際保健、臨床から行政まで幅広いフィールドで活動。臨床では、国立病院九州医療センター、九州大学病院、 JA長野厚生連佐久総合病院を経て、沖縄県立中部病院において感染症診療と院内感染対策に従事。また、在宅緩和ケアにも取り組んできた。行政では、 2009年の新型インフルエンザ流行時に、厚生労働省においてパンデミック医療体制の構築に取り組んだほか、2014年からは2025年問題に対応する地 域医療構想(ビジョン)の策定支援に従事している(現職)。単著として、『アジアスケッチ ~目撃される文明・宗教・民族』(白馬社)、『ホワイトボックス ~病院医療の現場から』(産経新聞出版)がある。
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