銭湯で介助 歌や演劇も
「障害者に対する心の壁を裸の付き合いで取っ払おう」。そんな発想で、兵庫県尼崎市の福祉団体が始めた入浴イベント「劇場型銭湯」が面白い。
街中の銭湯に障害者と出かけ、地域の人と同じ湯船につかればみんな仲間。そんな楽しいバリアフリーの試みを取材した。
同市の住宅街にある創業約50年の老舗銭湯「光明(こうめい)温泉」に、夏の夕方、徒歩や車いす、ワゴン車で約40人が集まった。常連客でにぎわうこの銭湯に、皆で入るのだ。心身障害がある人の着替えを仲間が手伝い、まずは背中を流す。
記者が体を洗うのを手伝った、手足に障害がある村上さとみさん(58)は4回目の参加だ。女同士でこちらも裸だから恥ずかしくない。触れ合い、家族のこと など世間話を交わすと自然と笑顔になる。周りの手を借りて、広い湯船につかると、村上さんは「家のお風呂よりも広くて気持ちいいね」と上気したほおをほこ ろばせた。
男湯の方では、障害のある人もない人も1列に並んで、背中の流しっこをしたらしい。
既に湯船につかっていた常 連たちも、笑顔で見守る。夫婦で男湯女湯に分かれてつかっていた近所に住む藤岡雅史さん(61)夫妻は、それぞれ「こっちの湯船は熱いから気をつけてね」 と声をかけた。「障害を持つ人が気持ちいい顔でつかっているのを見たら、こっちまで気持ちよくなったよ。いつもより人が多いなと思うぐらいで気にならな い。大歓迎だ」と語る。
このイベントを昨年から始めたのは、自宅で暮らす重症の心身障害者にヘルパーを派遣している福祉系NPO法人「月と風と」だ。
発案した同法人代表の清田仁之(きよたまさゆき)さ ん(40)は「言葉でのコミュニケーションが難しい心身障害者の魅力を、地域の人にどう伝えたらいいかと考えて思いついたんです。皆、入浴介助でとてもい い表情をするし、血の巡りが良くなって体の緊張も和らぐ。ヘルパーでもない人が一緒に風呂に入るには、銭湯がいいとひらめきました」と語る。
同法人は、この銭湯入浴イベントだけでなく、心身障害者やその家族が地域で孤立するのを防ぐ試みとして、一般向けの書道や韓国語教室に障害者を参加させたり、障害者の父母を対象とした料理教室を開いたりしている。
夕方から銭湯イベントを行ったこの日は昼から、同法人の事務所でお祭りも開いた。障害の有無にかかわらず自作の歌やギター演奏をし、元舞台俳優だった清田さんのオリジナル脚本で演劇も披露した。銭湯の後は、地域の人と歌あり、踊りありの懇親会で盛り上がった。
演劇で主演の一人を務め、銭湯イベントや懇親会にも参加した車いすの竹下浩介さん(24)(西宮市)は、「障害を持っていても人と出会いたいという気持ち は健常者と変わりない。銭湯などリラックスした環境で、地域の人と会話を交わし、互いの気持ちを理解し合うことができるこうしたイベントが、もっとたくさ んあれば」と願っている。
NPO法人「月と風と」 医療的なケアが必要な重症心身障害者を対象に、ヘルパーを派遣している。「重い障害を持つ人が地域に住めば、誰にとっても住みやすい町になる」を合言葉に、おふろプロジェクトなど地域の人を巻き込むイベントを数多く開催している。(岩永直子)
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